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故郷に帰らねば 俳優ジェームズ・ディーンと写真家デニス・ストックの短い友情を描いた作品。 永遠のヒーロー、ディーンは日本でも人気が高く、影響力も大きい。例えば、和製〇〇や〇〇の再来のように、〇〇に当てはまる俳優の名前は圧倒的にディーンが多い。と言うか、ディーン以外に聞いた憶えがない。これまでに何人もの新進気鋭の男性芸能人が和製ジェームズ・ディーンやジェームズ・ディーンの再来と称された事か。もちろん、最大級の誉め言葉であり、言われた本人も、まんざらではなかった筈だ。 若かりし頃の水谷豊も「青春の殺人者」に主演する際に監督の長谷川和彦に「ジェームズ・ディーンをやらないか」と口説かれて乗り気になったそうだ。また、音楽の分野でも「ジェームス・ディーンのように」「ジェームス・ディーンみたいな女の子」をはじめ、ディーンをテーマにしたり歌詞に登場させる楽曲が何曲もあった。 ディーンの没後30年経った1980年代の半ば、私の記憶ではディーンをイメージキャラクターにした企業が2つあった。1つはビクター。記憶が曖昧だったので今回、改めて調べてみるとCDラジカセのイメージキャラクターだった。CDが一般に普及し始めた頃で、それをアピールしたかったのだろう、商品名は「CDean(シーディーン)」。当時は駄洒落になっていたとは気付かなかった。 もう1社はリーバイスだ。こちらはジーンズがディーンの代名詞なので納得の起用、と言いたいところだが、ディーンが愛用していたのはリーバイスではなく、リーのジーンズというのはジーンズマニアなら誰もが知る事実。リーはクレームを入れなかったのだろうか。 リーバイスは「リーバイスブック」という無料配布の商品カタログにもディーンを写真を使用していた。1986〜1994年の期間、全18冊でディーンは表紙を務めているのだが、その内の何冊かは本作のもう1人の主人公デニスの写真だ。 1955年、写真家のデニス・ストックはロサンゼルスのホテル、シャトーマーモントで開かれた映画監督のニコラス・レイのパーティーに参加した。パーティーに退屈を覚えていたデニスだったが、ジミーと名乗るメガネをかけた白いTシャツ姿のユニークな青年に声を掛けられた。すぐにジミーはレイに呼ばれて、その場を立ち去るのだが、「エリア・カザン監督の新作に出た」「明日11時からの試写に来てみる?」「その後、グーギーズで」とデニスに言い残して行った。翌日、試写を観たデニスはコーヒーショップ、グーギーズでジミーことジェームズ・ディーンと落ち合い、主役だった事に驚いた事や、君の才能はハリウッドを超えていた等と感想を述べるのだった。 どういった経緯で前述した「リーバイスブック」にデニスの写真が使用されたのかは分からないが、リーバイスの為に撮った写真ではない事だけは間違いない。元々はアメリカの雑誌「ライフ」に掲載されたもので、その後、デニスが出版したディーンの写真集から借用したものだ。そして、その写真集を映像化したのが本作。小説やコミックを原作にした映画は無数にあるが、写真集が原作の映画は非常に珍しいのではないだろうか。 もっとも、写真集が原作になり得たのには理由がある。ディーンの日常を撮影した写真集はフォトドキュメンタリーの様相を呈しており、尚且つ、ストーリー性を感じさせる作りになっているのだ。そんな写真集を、原画と原画の間に動画を挿入して絵を動かすアニメーションかのごとく、写真と写真の間にある空白をエピソードで結んで映像化にしたのが本作という訳だ。 どうしてディーンの写真集がフォトドキュメンタリータッチな写真集になったのか。それは、かのロバート・キャパが設立した写真家集団「マグナム・フォト」の会員だったデニスの写真家としての信条、及びプライドに他ならない。そんなデニスを理解しているのが監督のアントン・コービンだ。コービンが監督を務めた事で、本作に深みが増したのではないかと思う。 と言うのは、コービンは写真家でもあるからだ。実際、コービンはディーンよりデニスに興味を抱いて本作に臨んだと発言している。デニスは後にジャズミュージシャンを撮る事になるのだが、コービンも数多くのミュージシャンの写真を撮り、ミュージックビデオの監督をしている。なので、とりわけシンパシーを感じていたのかも知れない。 写真集が原作なので、作中に写真集と同じカットが何度も出てくる。写真集の所有者とすれば、ニヤリとせずにはいられない事だろう。小説でもコミックでも映像化した場合、ガッカリする事もあるが、それは本作に限ってはないのではないか。 だが、写真集を所有していなくても興味深い作品ではないかと思う。俳優としての活動期間は非常に短く、出演作と呼べる映画は「エデンの東」「理由なき反抗」「ジャイアンツ」の3作しか残していないディーン。なので、圧倒的に情報量が少ないのであって、それを補う役割を本作は果たしている。しかも、「エデンの東」公開前のブレイクする直前で自身のルーツを辿っているプライベートにまつわる内容となれば(脚色はしているのだろうが)殊更、貴重だ。また、プライベートな姿からディーンが武器とした演技、メソッドの源を感じ取る事が出来るのかも知れない。 ディーンを演じるのはデイン・デハーン。ディーンの持つカリスマ性や気難しさ、ナイーブな面を上手く表現している。ただ、ディーンのファンだというデハーンは当初、恐れ多くてオファーを受けなかったそうだ。この問題の解決に力を貸したのがヘヴィメタルバンド、メタリカのドラマー、ラーズ・ウルリッヒだというから面白い。デハーンはメタリカの映画「メタリカ・スルー・ザ・ネヴァー」に出演し、コービン監督はメタリカのミュージックビデオの監督をした事もあって、デハーンもコービン監督もウルリッヒとは友人だった。そこでウルリッヒは共通の友人として2人を仲介したとの事だ。 オファーを受けたデハーンは体重を11kg増量させ、カツラを装着してディーン役に臨んだらしい。ただ、率直に言って実際のディーンよりも幼さを感じる。実年齢ではデハーンの方がディーンよりも上であるにもかかわらずだ。だが、現代の若者よりも当時の若者の方が大人っぽかった事だろう。なので、現代の感覚からすれば、ディーンが老けていると言える。そう考えると、事実とは違うのかも知れないが、現代人に共感出来るディーンが本作に存在していると言って良いのではないだろうか。 デニスを演じるロバート・パティンソンもディーンの大ファンであり、出世作「トワイライト〜初恋〜」ではディーンを意識して演じたとの事。だが、本作に関連するインタビューでは「デニスの方に惹かれる」と明言している。心境の変化があったのか否かはさておき、理想と現実に隔たりを感じているデニスは演じがいがあったのではないだろうか。そして、結果も示しており、苦悩し、焦る若者デニスを好演している。 冒頭で日本におけるディーンの人気、影響力の事を記したが、21世紀に入ってからは幾分かは薄まったように肌で感じる。そういった意味では本作は、少なくとも日本ではタイムリーではないのかも知れない。しかし、逆に本作を冷静に評価出来るのではないかと思う。そして、ディーンを再認識する機会になるのではないかと思うし、同時にデニスに関心を持つ機会にもなると思う。 |
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★前田有一の超映画批評★ |
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