|
||||||||||||
あなたにはいないの? もう二度と顔も見たくない人 原作は山田詠美の小説「風味絶佳」。淡い恋愛を通じて少年の成長を描いた作品。 物語の舞台は東京都福生市。村上龍のデビュー作にして芥川賞を受賞した小説「限りなく透明に近いブルー」の舞台にもなった東京の西部に位置する福生市は、在日アメリカ空軍横田基地がある基地の街である。 横田基地はカリフォルニア州、すなわち日本でありながらもフェンスの向こうはカリフォルニア州だという事実無根な都市伝説があるが、そう言いたくなるのも無理はない。金網のフェンス越しに見える基地の風景はもとより、国道16号を挟んで臨む福生の町並みも、随分とアメリカナイズされているのだ。 実際に住んでいる人がどう思っているのか分からないのだが、少なくとも、たまに訪れる人には福生は(基地界隈の国道16号を通っただけでも)アメリカ的な異国情緒を感じる場所である事だろう。本作は、演出による幾分かの誇張も加わり、そういったムードが強調されている。もしかすると、異国情緒を通り越してメルヘンチックにすら感じるのかも知れない。 高校を卒業した志郎は、とりあえず大学には進学せず、とりあえずガソリンスタンドで働いていた。志郎の両親は反対した。何故とりあえず大学ではなく、とりあえずガソリンスタンドなのかと。それは志郎にも分からなかった。ただ志郎は、大学に進学する必要を感じなかった。そして、車に関する仕事をしたかったというのもガソリンスタンドで働く理由となった。志郎には自分をグランマと呼ばせる70歳を迎える祖母がいる。グランマは女手ひとつでバーを経営し、赤いオープンカーのカマロを乗り回し、志郎と大して年齢が変わらない若い恋人がいる、アメリカかぶれの奇抜な老女。但し、グランマは志郎の理解者である。反対する志郎の両親を説得し、志郎をガソリンスタンドで働けるようにしたのは、他ならぬグランマだったのだ。ある日、退職する同僚の村松の代わりに、女の子がガソリンスタンドでバイトをする事になった。志郎は、その女の子、乃里子に見覚えがあった。志郎は17歳の頃に、乃里子が男と一緒にいるところを見掛けていたのだった。 劇中に主人公の志郎の心情がナレーションで挿入される本作は、さながら「北の国から」のような有り様である。つまり本作は、ラブストーリーの動向を表立って追いつつも、志郎の内面の心情を主体に描いた作品なのである。 実は本作には、いくつかのラブストーリーが混在している。それらのラブストーリーには当然、登場人物の多くが関わっている。そして実は、その中で一番平凡なのが志郎ではないかと思う。平凡などと言ったら気の毒だろう。志郎だって一生懸命、恋愛に励んでいる。 ただ、志郎以外の恋愛事情はもっと過激であり、志郎の恋の相手となる乃里子も含め、志郎以外の登場人物の心情の方が志郎以上にドラマチックではないかと思う。では何故、あえて平凡な志郎の恋愛にフォーカスしたか? それは(もちろん原作に則っているからに他ならないのだが)大人への関門は、特殊な状況を作らなくても誰もが直面するのだという事を伝えたかったのではないかと感じる。 誰もが本作の志郎と同じ体験をしている訳ではないだろう。だが、多くの人が志郎のように実体験の中で恋を、愛を学ぶ、あるいは学んできた事だろう。時として恋愛のカリキュラムは残酷である。しかし、その方が却って身に付くものなのかも知れない。 そして世間的には平凡に見えようとも、当事者にとって自身の恋愛は過激でドラマチックである筈だ。一人称色が濃い本作は、そのプライベートなドラマ性を如実に物語っている。そして、その語り口は観る人の心にダイレクトに訴えかけ、自らの体験や心情と照らし合わせる作業を促す事となるだろう。 志郎を演じるのは柳楽優弥。「誰も知らない」でカンヌ国際映画祭男優賞の栄冠を史上最年少の14歳で手にしたのは、本作公開の2年前。時の移ろいの激しい現代では、あっという間に栄光を過去にしてしまうのだが、それでも本作公開時に栄光の余韻は、まだ残っていたと思うし、その柳楽が主演する事が本作の大きなトピックだったと思う。 その期待に柳楽は十分に答えている。柳楽は本作公開時には、まだ16歳。対して演じた志郎は18〜19歳。1歳の差でも大きい10代の頃では、実年齢と役の年齢のギャップは本当なら大きい筈だ。だが、柳楽は見事に志郎に成り切っている。元々、大人っぽい雰囲気のある柳楽だが、実年齢同等のあどけなさも多分に醸し出しており、その絶妙なブレンドで志郎を魅力的なキャラクターに仕立てている。 ヒロインの乃里子を演じる沢尻エリカも良い。可愛らしさの内に秘めた貫禄は沢尻ならでは。この貫禄がなければ、志郎の祖母グランマを演じる夏木マリと対等に渡り合えなかっただろう。ただ、乃里子とグランマが対等なのは夏木の功績でもあるだろう。十分過ぎる程のキャリアがある女優が若手女優と対等であるなど、本来ならあり得ない。しかし、夏木の若いセンスが、それを実現させているのだと思う。 作品タイトルにある「シュガー&スパイス」とは劇中に登場する台詞のワンフレーズであり、比較的狭義な意味で用いられている。だからなのか、原作小説のタイトルは「風味絶佳」でしかなく「シュガー&スパイス」は付いていない。だが、映画化するにあたり作品タイトルを変更したのは正解だと思う。「シュガー&スパイス」は台詞で使われた意味を飛び越えて、物語全体を言い表わしている。 「シュガー&スパイス」な物語に、恋愛に勤しむ現役世代は敏感に反応するのではないかと思う。だが、現役世代だけではないだろう。そういった時期を卒業したOB・OG世代にも十分対応していると思う。この物語に触れると、愛おしい記憶に変化した、懐かしい「シュガー&スパイス」が蘇るのではないかと思う。 ちなみに余談だが、沢尻と高岡蒼甫は2005年公開の「パッチギ!」で兄弟役で共演している。 |
>>HOME >>閉じる |
|||||||||||
★前田有一の超映画批評★ |
||||||||||||