自分勝手な映画批評
8 1/2 8 1/2
1963 イタリア/フランス 139分
監督/フェデリコ・フェリーニ
出演/マルチェロ・マストロヤンニ アヌーク・エーメ サンドラ・ミーロ
縦横に隙間なく連なり、身動きのとれない車の列。その中の一台の車の中で煙りが発生する。搭乗者は窓を、ドアを開けようとするのだが、どちらも開かなかった。

人生はお祭りだ、一緒に過ごそう

ある著名な映画監督の苦悩を描いた作品。

どうしても気になってしまうのは、風変わりな作品タイトルである。これはフェデリコ・フェリーニが監督した作品が本作以前に「8 1/2」作品、すなわち「8.5」作品製作されている事を意味するらしい。内訳は、フェリーニ単独監督作品が6。オムニバス作品の中の短編作品が2。他の監督と共同で監督した作品が1。単独監督作品以外の3作品をそれぞれ1/2(0.5)とカウントすると「8 1/2」となる勘定らしい。





著名な映画監督のグイドは新作の準備と自らの療養を兼ねて温泉地に滞在していた。しかし新作のアイデアは一向に浮かばず、また、新作のアイデアを聞かせろとせっつくプロデューサー、自分を売り込むのに必死な人々等の周囲が騒がしく、とてもじゃないが療養どころではなく、却って悪循環であった。





舞台は映画界の裏側で、しかも主人公が地位も名誉もあり、女性にもモテる映画監督であるのならば豪華絢爛な物語が繰り広げられそうに思えるのだが、実際はその逆。実に私的で孤独な物語である。主人公のグイドにとって周りの賑やかさは煩わしい雑音や喧噪でしかなく、その度合いが増せば増すほど孤独感を深める事となる。

そこでグイドが拠り所に求めたのが幻想の世界。つまりグイドは自分が妄想する幻想の世界に逃げ込んだのである。よって本作はグイドが現在いる現実の世界とグイドが逃げ込んだ幻想の世界とが入り交じって描かれている。この様相こそが本作の最大の特徴である。

本作の虚実混在の形態のポイントは主人公が映画監督である点であるだろう。現実逃避して幻想の世界へ逃げ込む事は映画監督の特権ではない。しかし、クリエイティブな仕事をする者が現実逃避に妄想を用いる事は、当たり前とは言わないが、その資質を考えれば合点がいく。そして、その幻想の世界が優れたクリエイターが作り出した世界であるが故に非常に高いクオリティーでアーティスティックである事も納得出来るだろう。

ただ、この幻想の世界のアート性がクセ者でもある。アートが難解だと決めつけてはならないのだが、時としてアートは他者の理解を必要としない場合がある。本作にはそう感じさせる面がある。だが、それで本作を理解不能な作品だと切り捨ててしまうのは早合点である。表には出さない個人的な幻想の世界が一般的でない事は、しごく真っ当。従って、基本的に一人称で綴られている本作が必ずしも一般的ではなく特殊な描写である事は当然だと解釈すべきであろう。

そして、主人公が映画監督である事には、もうひとつ大きな意味がある。それはグイドの姿にフェリーニを重ねられるからである。

前述したとおり、作品タイトルのネーミングは作品内容ではなくフェリーニの個人的な事情。しかも、作品タイトルが意味するところはフェリーニが監督した作品数である。であるならば、フェリーニが、それまでのキャリアや生き方を作品を通じて総決算しているのが本作だとするのが当然の解釈、つまりフェリーニが作中のグイドの姿を借りて自身を語っていると考えるのが、ごく自然の受け止め方だと思う。

但し、本作が、そのような趣旨で製作された作品であるのか、本当のところは私には分からない。すべてが想像の産物なのかも知れないし、仮にフェリーニが自身を投影していたとしても本作で描かれている事がすべて事実ではないだろう。しかし、すべてが創造だとしても、フェリーニが考える、ひとつの人生観が本作に赤裸々に描かれているのは間違いないだろう。

例え実体験が反映されている訳ではなかったとしても、名匠の極めて私的領域に踏み込める事はとても興味深く、大変有意義ではないかと思う。しかもメッセージ性はかなり強い。アートな部分ばかりに目を奪われがちかも知れないが、人間の弱さと強さ、挫折と再生、迷想と指標、絶望と希望が描かれている本作は、とても意味深く価値のある作品ではないかと思う。

グイドを演じるマルチェロ・マストロヤンニが素晴らしい。設定だけ見ればグイドは箸にも棒にもかからないような人物なのだが、マストロヤンニは弱さを色っぽく演じて哀愁を与え、不甲斐ない男を愛おしく変貌させた。マストロヤンニのセクシーな魅力はアバンギャルドな作風をマイルドにさせていると思う。

2009年に本作をベースにミュージカルに仕立てたNINEが製作されている。そちらの作品も面白い。


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