自分勝手な映画批評
NINE NINE
2009 アメリカ 119分
監督/ロブ・マーシャル
出演/ダニエル・デイ=ルイス マリオン・コティヤール ペネロペ・クルス
1960年、イタリア・ローマのチネチッタ映画撮影所でひとり、映画監督のグイド(ダニエル・デイ=ルイス)はアイデアが浮かばない苦しみに直面していた。

体は50歳近いのに、心は10歳たらずのマエストロ

スランプに陥った映画監督の姿を描いたミュージカル作品。

言葉にしていない人間の心情。小説ならば、鉤括弧(かぎかっこ)が付いていないスペースを利用して書き表わすだろう。映画やドラマではナレーションを使う場合もある。

ミュージカル作品である本作は、その心情を歌と踊りによって表現させている。こう言ったらミュージカルの根本に難クセをつけるようで身も蓋もないのだが、本来なら、いきなり歌い、踊り出すのは不自然であるだろう。ただ本作は、その辺りを現実とは離れた幻想的な人間の心理の場として消化させている。この手法は見事であると言えるだろう。

本作の主人公は数々の名作を送り出してきた映画監督のグイド。但し、最近はスランプに陥っている。新作の製作に取りかかっているのだが、一向にアイデアが浮かばず、映画のストーリーは白紙のまま。しかし時は待たず、新作の製作発表の記者会見が行なわれてしまう。最初はのらりくらりと記者の質問に答え、その場を取り繕っていたグイドだったが、我慢の限界を超え、隙を突いてその場から逃げ出してしまう。

1960年代のモードな魅力溢れるイタリアを舞台に、スター女優たちが集結したミュージカル、しかも華やかショービジネスの裏側で物語が繰り広げられる本作からは、ゴージャスでスタイリッシュ、そしてグラマラスな印象を受けるだろう。

だが、映画監督の苦悩を描いた内容を見極めれば、極めて内向的であると言えるだろう。そういった意味では、バランスの悪い作品だと言えるのかも知れない。あまり理解を得られない例えになるかも知れないが、ファンキーなフォークミュージックのようなアンバランスさが本作にはあるように思う。

ただ、それこそが本作の価値なのではないかと思う。豪華絢爛で楽しませながらも、それとは違う座標軸で心理面に訴えかけてくる。一粒で二度おいしいではないのだが、観る者にとっては贅沢な喜びなのではないかと思う。

高次元での創作活動による産みの苦しみとは、私のような凡人には想像を絶する痛みなのだろう。以前、あるテレビ番組で誰もが知る国民的なミュージシャンが、その苦しみを吐露していた。安易ではあるが、優れた楽曲を数多く提供してきた彼の実績から想像するに、豊かな才能の泉から、いとも容易くメロディーが溢れ出てくるのかと思っていたのだが、実際はどうやらそうではなく、絞りに絞り出した末の楽曲であったらしい。その告白は、私にとって大きな驚きであった。

但し、本作の主人公グイドの姿は、必ずしも同情には値はしない。彼の多く支えていたのは自身の豊かな才能。それが無くなれば不実な人格だけが残り、多くは彼を見限って行く。それは自分でまいた種である。

そんな、だらしない色男の主人公グイドをダニエル・デイ=ルイスがセクシーに演じる。好色で腑甲斐ない男は決して誉められる人物像ではないのだが、ダニエル・デイ=ルイスの演技が魅力的な男性へと引き上げているように思う。サングラスに黒スーツを粋に着こなし、空色のジュリエッタ・スパイダーを颯爽と走らせる姿からは艶かしい男の風味が香り立つ。

もちろん迎え撃つ女優陣も負けてはいない。健気で気品高き妻を演じるマリオン・コティヤールやミューズたる貫禄を見せ付けるニコール・キッドマン、埒外から色気を放り込んでくるケイト・ハドソン、他とは違うスタンスで存在感を示すジュディ・デンチ等々、豪華キャストが本作を彩る。しかもミュージカルであるので皆、歌い踊る。その辺りも本作の大きな見どころだ。

そんな中、私にはペネロペ・クルスが印象に残った。本作で演じたキャラクターは彼女にとって決して真新しい訳ではないのだが、本作の作風に絶妙にマッチし、とてもチャーミングに感じた。

監督のロブ・マーシャルは、以前に日本を舞台にした日本の物語であるにもかかわらず、ほとんど全編英語で繰り広げられるSAYURIを製作しているが、本作もイタリアを舞台にしたイタリアの物語ではあるのだが英語劇となっている。これにはロブ・マーシャルがブロードウェイの舞台劇の出身である事が影響しているのかも知れないが、リアリティーを重んじる現代の風潮を考えると、ことさらユニークであると言えるだろう。

但し、本作は、そんな事など取るに足らない些細な事だと感じさせる。言い換えれば、優れた創作には些細な事など吹き飛ばす程のパワーが備わっていなければならないという事なのだと思う。


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