自分勝手な映画批評
あなたへ あなたへ
2012 日本 111分
監督/降旗康男
出演/高倉健 田中裕子 佐藤浩市 ビートたけし
自宅でアイロン掛けをしていた倉島(高倉健)は、亡き妻、洋子(田中裕子)の言葉を思い出し、季節外れの音色を奏でる風鈴をはずした。

このみちや いくたりゆきし われはけふゆく

本作は名優、大滝秀治の遺作である。大滝は主として脇役を演じる俳優であったが、その独特の個性から、大滝が出演するだけで、その映画やテレビドラマは味わい深くなったと言っても決して過言ではない。つまり、大変貴重であり、尚且つ、大変重宝する俳優だった訳であるから、大滝を失った事は日本映画界、及び、テレビドラマ界にとって大打撃である事は間違いない。

大滝の訃報を受けて、本作の主演、高倉健から追悼コメントが発せられた。高倉は大滝と何度も共演をしているし、また、律儀だという高倉のイメージを考えると、追悼コメントが発せられた事は、ごく自然な事のように思えた。そして、そのコメントは高倉らしい誠実なコメントであった。

ただ、残念な事に高倉にとっても本作が遺作となってしまった。





富山刑務所で食卓の作業刑務官を務める倉島のもとに、女性が面会に現れた。その笹岡という女性はNPO法人遺族サポートの会のスタッフであり、笹岡は倉島が先立たれた妻、洋子から2通の手紙を預かっており、その手紙を倉島に渡しに来たのだった。ただ、1通は渡したものの、もう1通は洋子の希望により、洋子の故郷、長崎県平戸の郵便局に局留め郵便として送られていた。局留め郵便を受け取る事ができる期日は10日間。倉島は渡された手紙に記されていた故郷の海に散骨して欲しいという洋子の遺言を叶える為、また、局留め郵便を受け取る為に1人、自らキャンピングカーに改造を施したミニバンで一路、長崎県平戸へと向かった。





次作の構想があったようなので、高倉は本作を遺作にするつもりは毛頭なかったのだろう。だが、こういった事を言うと誤解を招く恐れがあるが、奇しくも本作には遺作に相応しい一面もあると私は考える。と言うのは、本作がロードムービーだからであり、「幸福の黄色いハンカチ」もロードムービーだからである。

「幸福の黄色いハンカチ」は言わずも知れたロードムービーの名作であり、高倉の数ある主演作の中でも人気が高く、高倉の代表作の1つに数えられる作品、そして何より、高倉のキャリアの転機となった非常に重要な作品である。その「幸福の黄色いハンカチ」と同じロードムービーという手法を採用した事で、皮肉にも遺作のような様相を呈している。しかも、本作の旅の目的は亡き妻の願いを叶えるというもの。従って、当然、思い出と共にする旅路であり、そのあたりも遺作らしさを滲ませる。

また、ビートたけしとの共演も遺作に相応しいとする理由である。たけしは、高倉の人となりを語る上で何かと欠かせない人物だ。但し、プライベートな交流はあったのかも知れないが、たけしが高倉と共演したのは本作から27年も前の「夜叉」1作のみなのである。なので、たけしが本作に出演したのは、もちろん偶然ではあるのだが、まるで旧友が虫の知らせを聞いて駆けつけたかのように思えてしまうのである。ましてや、再共演するまでの間、たけしは「世界のキタノ」となり、映画界に存在感を示し、貢献もしているので、偶然と言えども、その思いは強くなる。

加えて、私の記憶が正しければ、高倉が本作で最後に撮影に臨んだシーンは写真館の店頭でのシーンである。そのシーンで高倉が口にしたセリフ、つまり、高倉の俳優人生、最後のセリフが「ありがとう」だった事も感傷的にさせられる。

そして、本作のラストシーンは高倉が演じる倉島が1人で歩くシーンなのだが、このシーン、物語を閉めくくる上で非常に意味のあるシーンとなっている。だが、遺作という事を考えると作品を超越してしまい、違った意味に捉える事も出来る。よって、殊更、感慨深いシーンになってしまっている。

これらの事から、私は遺作に相応しい一面もあるとするのだが、このような私の勝手な意見を無視したとしても、本作は遺作としての評価が重んじられる作品であるだろう。だが、純粋に作品だけを見つめても中々の良作ではないかと思う。人は助ける事もあれば、助けられる事もある。その互助関係が優して温かく、しかも何気ないタッチで描かれているので、豊潤な気持ちにさせてくれる作品なのだ。

高倉の主演作品には常連俳優がおり、常連ならではのあうんの呼吸で高倉を支え、作品のクオリティーに貢献している。だが、本作には常連が少なめだ。しかし、だからと言って作品のクオリティーが低下しているわけではない。と言うのも、本作に限ったことではないが、高倉の主演作品は常連に限らずとも選りすぐりの俳優がキャスティングされているからである。

それは、天下の高倉健に恥をかかせる訳にはいかないという思いがキャスティングに作用していたのかも知れない。また、高倉自身が少なからずキャスティングに関わっていたのかも知れない。これらは私の推測でしかないのだが、この推測に基づくと、高倉の主演作品にキャスティングされる事は随分と栄誉な事という事になる。

本作には、かなり高倉よりも若い世代の草なぎ剛、綾瀬はるか、三浦貴大といった俳優がキャスティングされている。すでに彼らは眼鏡に敵った精鋭であるのだが、高倉主演作に出演した栄誉を胸に、今後、更なる活躍をしてもらいたいと切に願う。

そんな中、これまでに妻や恋仲を演じてきた田中裕子が、ある意味、高倉を看取った事も嬉しい。


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