自分勝手な映画批評
タワーリング・インフェルノ タワーリング・インフェルノ
1974 アメリカ 165分
監督/ジョン・ギラーミン
出演/スティーブ・マックイーン ポール・ニューマン ウィリアム・ホールデン
遠路遥々、1機のヘリコプターがサンフランシスコの超高層ビルの屋上に到着した。ヘリコプターから降りて来たのは、そのビルの設計者ロバーツ(ポール・ニューマン)。ビルのオーナー、ダンカン(ウィリアム・ホールデン)がロバーツを出迎えた。

人々が働き、暮らす、安全なビルのはずだった…

超高層ビルで発生した火災に直面する人々の姿を描いたパニック映画。作品タイトルの「タワーリング・インフェルノ」とは「そびえ立つ地獄」という意味らしい。

作品冒頭、キャスト、スタッフのクレジットの後すぐに「人命を救うために自らの命を懸け、火災と闘う世界の消防士たちに感謝を込めて、この映画をささげます」というメッセージが映し出される。消防士に限らず、人命の為に命を懸ける職に就き、懸命に働く人たちには本当に頭が下がる。心から敬意を表したい。

サンフランシスコに超高層ビルがオープンした。その落成のパーティーが行なわれる日、電力のチェックをした際に主設備室の配電盤から発火する事件が起きた。原因はビルの設計者のロバーツの指示どおりの電線を、ビルのオーナーのダンカンの娘婿で担当者のロジャーが使わなかった為。この火災になりかねない事態に、ビルの安全設備が未完成である事もあり、パーティーを延期するべきだという意見も出たが、ダンカンは「大げさだ」と一蹴してパーティーを予定どおり決行するのだった。ロバーツはパーティーに出席する予定だったのだが、パーティーそっちのけで不具合の確認に奔走。しかし、もうすでに火事は発生していた。

本作は2時間半を優に超す、3時間に迫る長尺である。長尺となった大きな理由は、オールスターキャストを配し、グランドホテル方式と称される群像劇が繰り広げられる作品だからである。

但し、本作のオールスターキャストは年齢層が随分と高め。作品自体も随分と過去の作品である。なので、オールドファン、あるいは筋金入りの映画ファンならともかく、そうでないのならばオールスターキャストの有り難みは、あまり感じる事が出来ないのかも知れない。ただ、本作を機会にオールスターの往年の作品に触れてみるのも有意義ではないかと思う。

オールスターキャストの中で最大のトピックは、スティーブ・マックイーンとポール・ニューマンの共演であるだろう。2人のクレジットの仕様に苦心し、優先される左側の位置にマックイーン、但し、右側のニューマンを一段上げて両者に優劣がつかないように配慮したというのは、本作を語る上で欠かせないエピソードである。

年齢はニューマンの方が5歳程上。若かりし日のキャリアもニューマンの方が勝っている。何よりマックイーンはニューマンを意識していたと聞くので、本作への出演、もっと端的に言えば、同等に扱われた本作での処遇はマックイーンの念願だったのではないかと思う。

役柄的にはマックイーンに分があると思う。マックイーンに当て書きしたような役柄であり、らしさを存分に発揮している。しかし、ニューマンが負けている訳ではない。魅力は十分に堪能出来る。両者の切磋琢磨な共演は本作の大きな見どころである。

興味深いのは、マックイーンは本作以外にも「荒野の七人」「大脱走」といった群像劇タイプの映画に出演し、どれも代表作となっている事だ。もちろん、単独主演作品で本領発揮しているのは言うまでもないのだが、群像劇でも抜群の存在感を示せるという事は、雑多の中でも埋もれない個性がマックイーンには備わっているという事なのだろう。

また、ミュージカル映画の大スター、フレッド・アステアの演技も見ものである。アステアと言えば気品あるダンスなのだが、本作には見せ場となるダンスシーンはない。しかし、それでも気品は、ダンスのない演技から伝わってくる。流石はアステアだと感心し、感激させられる。そんな中、ほんの僅かだが社交ダンスのシーンを盛り込んだのは、本作の粋な計らいであるだろう。

どうしてもオールスターキャストが作品の特色として挙げられてしまうが、内容自体も大変見どころの多い仕上がりになっている。長尺に相応しいボリューム満点なストーリーは絶大な見応えをもたらし、長尺が微塵も苦にならずに、時を忘れて楽しむ事が出来るだろう。

そう至るのは、やはりグランドホテル方式を採用し、それを効果的に活用したからである。大惨事を目の当たりにしての各人のストーリー、人間模様が実にバラエティー豊かに映し出されている。但し、映し出される内容から曇りなき爽快感、心理的な満足感を得るのは難しいだろう。

「備え有れば患いなし」とは言うが、実際には万事に対応出来る万全な備えがある訳ではないだろう。備えには限度がある。当然、予めの想定をして備えるのだが、その想定こそが限度であり、想定以上が発生してしまえば、備えでは太刀打ちが出来ない。

但し、慢心は改善出来る。慢心なき備えが出来れば、あるいは慢心なき対応が出来れば、最悪の事態を避けられる可能性は十分にある筈。それは、大多数の人が経験し、実感している筈である。

だがしかし、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」のも事実である。恐ろしい大惨事の記憶は、いつの間にか遠い彼方へと追いやられてしまうのかも知れない。

もちろん、平穏な生活を取り戻す事が最優先であるのは言うまでもない。ただ一方で、同じ事を繰り返さない為にも、思い出したくもない痛く苦しい現実ではあるのだが、風化させずに心に留め、更には語り継がなければならないだろう。

第47回アカデミー賞、撮影賞、編集賞、歌曲賞受賞作品。


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