自分勝手な映画批評
チ・ン・ピ・ラ チ・ン・ピ・ラ
1984 日本 102分
監督/川島透
出演/柴田恭兵 ジョニー大倉 高樹沙耶 石田えり 川地民夫 久保田篤
他に誰もいないディスコのフロアで一人で踊る道夫(ジョニー大倉)。それを見ていた三人組の男たちがヤジをとばす。それでも踊りを止めない道夫。業を煮やした三人組は道夫に歩み寄る。その時、傍らにいた洋一(柴田恭兵)はおもむろに拳銃を取り出し、三人組の一人に向けて発砲した。

どうしていけないの? 楽しくやろうって言ったじゃん

気ままで奔放な生き方を信条とする若者二人の姿を描いた作品。

1986年から放映されたテレビドラマ「あぶない刑事」をきっかけに、柴田恭兵はブームになった。主演作が多く製作され、リリースされた歌唱曲もヒット、印象的なコマーシャルがあり、モノマネをするタレントもいた。それだけ「あぶない刑事」で大下勇次刑事に扮した柴田は大変魅力的であり、多くの人の心を掴んでいた。

ただ、このブームがユニークなのは、柴田が「あぶない刑事」で世に出たニューフェイスではない事である。柴田は、それまで別段くすぶっていた訳ではなく俳優としての歴としたキャリアがあったし、しっかりとした存在感を世間に示していた。

そういった事を考えると、柴田の「あぶない刑事」での大ブレイクは、世間あるいは時代が柴田に追い付いたという捉え方が適切なのかも知れない。もちろん、そう至ったのは柴田が誠実にキャリアを積み重ねてきたからである。本作は大ブレイク前夜、ブームの礎、土台となるような作品である。

ヤクザの組に属していないのだが、組の後ろ楯を得た競馬のノミ屋を生業とし、自由気ままな生活を送っているチンピラ、洋一と道夫。ある夜二人は、暴走族の集団が一組のカップルに絡んでいるところに遭遇する。二人はヤクザ風情を見せつけ暴走族を恫喝しカップルを助け、更には、カップルと暴走族の少年一人を自分たちの車に乗せてその場を離れた。二人は、まずカップルの彼氏だけを途中で車から下ろし、次に暴走族の少年の家に行き、少年の両親に車の修理代を請求するのだった。事を終えた二人は、残されたカップルの片割れの女・裕子を連れて洋一の部屋へと戻った。

随分と面白い形態をした作品ではないかと思う。と言うのも、決して一般的ではない生々しいヤクザな世界を舞台にしながらも、その実は社会性のあるテーマを風刺を匂わせつつ取り上げているからである。

本作の主人公の若者二人は世間からはみだしたアウトローである。ここまでは何ら珍しくはない、ありふれた設定である。だが、この先が違う。二人は本物のヤクザにはなりたくないと思っており、陰では本物のヤクザを馬鹿にしている。あくまでも二人は、何からも縛られる事なく今のままの自由気ままな生活を謳歌したいと思っているのである。そして、自分たちの主義に反する旧態依然とした体系を疎ましく、且つ滑稽に思っているのである。

このような思想や価値観は、当時の新語である「新人類」的だと言えるだろう。また、同じく社会を賑わせた「ピーターパン症候群」的な要素も含まれるだろう。更には、もう少し後に訪れる「終身雇用」「年功序列制度」への疑問や崩壊にもつながるものだと思う。

風俗だけに止まらず、社会性のある当時の世相を切り取った本作。但し、それらを過去の出来事だとするのは間違いだろう。当時芽生えた思想や価値観は、現代のあるところでは基盤になっているのだと思う。本作は、それらの源流が描かれている作品であり、源流であるからこそ、それらの資質が鮮明になっている作品だと言えるだろう。そういった意味では本作は、公開当時とはまた違った価値、現代だからこそ感じられる価値を持った作品なのではないかと思う。

冒頭で述べたとおり、柴田恭兵の魅力が本作に満ち溢れている。大ブレイク直前だから味わえる活きの良い旬な演技は必見である。但し、柴田だけではない。対するジョニー大倉もこれまた素晴らしい。気の優しい兄貴分を繊細に好演している。

そして何より二人のコンビネーションが秀逸なのである。二人の関係は、友情を通り越して恋愛のようにさえ映る。もちろん二人はそういった関係ではない。ただ、そう感じ取れてしまう程の真に迫った演技で深い絆が本作では表現されている。これが、たまらなく愛らしく、そして切ない。

刹那な物語である本作には時代が綿密に関係している。よって古さを感じる面は確かにある。だが、それを理由に邪険にしてしまうには余りにももったいない作品だと思う。本作が放った熱と光は、時を経ても届いている。中々の秀作であると思う。


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