自分勝手な映画批評
007/ワールド・イズ・ノット・イナフ 007/ワールド・イズ・ノット・イナフ
1999 イギリス 127分
監督/マイケル・アプテッド
出演/ピアース・ブロスナン ソフィー・マルソー デニス・リチャーズ
スペインのビルボアで石油王キング卿の現金を取り戻す任務に就くボンド(ピアース・ブロスナン)。銃撃戦になりながらも、何故か無傷で奪還に成功する。イギリスMI6に戻ったボンドはキング卿に現金を引渡すのだが…

人生にはスリルが必要

シリーズ第19作目、5代目ジェームズ・ボンドのピアース・ブロスナンにとっては3作目となる作品。

007シリーズのエンターテインメント界への貢献度は計り知れない。007が無ければ、あの映画も、あのテレビドラマも無かったかもしれないなどと、大袈裟かも知れないが、そんな思いが私には過る。それだけ今日のクライムアクション作品には、多かれ少なかれ007シリーズからの影響が感じ取れる。と言うよりも、もはや影響を感じさせない程、意識せずとも浸透していると言っても良いだろう。

その思いを強くさせているのはハイテク技術・機器の普及なのかもしれない。携帯電話(しかもカメラ付き)、カーナビゲーション、パソコン、インターネット等、現代に普通にありふれているアイテムは、ひと昔前ならスクリーンの中の007だけの秘密アイテムだった筈だ。言い換えれば、現代では誰でも007のアイテムを持っている事になる。ハリウッドはこの現実、これらのアイテムを上手に用い、発展させ魅力的な世界を提供している。

あくまでも私見であるのだが、そんなハリウッド作品と見比べると、007シリーズはいつのまにか時代に取り残されてしまったように感じる。シリーズ第21作目、ダニエル・クレイグ主演のカジノ・ロワイヤルで作風は一新したと言えるだろうが、それまでの作品、特に近年に進むに連れ、時代錯誤を、もっと率直に言えば、ハリウッド作品との隔たりを感じてしまう。

それは偏にリアリティーだ。リアリティーはエンターテインメントにとって重要なファクターである事は言うまでもない。フィクションなので本物ではなく、あくまでも本物らしさなのだが、その有無は作品の完成度を大きく左右する。例え何百年先の空想世界を描いたとしても、そこに真実味を感じるのか、それとも滑稽に映るのかでは作品のイメージは大きく異なる。もっと言えば作品ジャンルすら変わりかねない。

遊び心は007シリーズの大きな源だ。その精神はジェームズ・ボンドのキャラクターはもとより、突飛で大胆な設定や演出にも表れている。それ故、非現実的な事も度々。ただ、それこそ007の醍醐味であり、007イズムと呼べるだろうし、ハリウッドとは違うオリジナリティー・特異性がファンを引き付ける要素になっているのかもしれない。

もちろんフィクションなので非現実的なのは何ら問題はない。ただ、それらの描写にリアリティーを感じられるかと言えば疑問が残る。それは遊び心との兼ね合いになる事もあるのだが、厳しく言えば、チープにも感じてしまう事もある。ハリウッドを基準にし、歩調を合わせる必要は何ひとつない。だが、007チルドレンとも言えるハリウッドのクライムアクション作品が空想世界を素晴らしく具現化しているので、なおさら顕著な差として現れてしまう。

しかし、本作は少々趣が異なる。従来の007シリーズのテイストを要所に残しつつも、ハリウッドの基準をクリアした、あるいはハリウッド作品に目が慣れている観客も納得出来る作品になっているのではないかと思う。

007らしい突飛さは、あるにはあるのだが、他の作品に比べて抑えられている。ボンドカーの活躍が少ないのは寂しいが、その事が非現実の抑止にもなっていると言えるだろう。但し、カーチェイスの代わりとなるボートチェイスが存在する。この迫力満点なアクションシーンは、007らしさとハリウッド的リアリティーが絶妙に噛み合った優れたシーンであり、本作の見どころのひとつだ。

そして何よりベースとなるストーリー自体が充実しており、人間の感情を上手く捉えたミステリーとして見応えがある。任務遂行には手段を選ばないMI6、誘拐事件、石油パイプライン、核、責任、信頼、怨み、欲、そして男と女。様々な事物と各々の思いが複雑に絡み合いながらストーリーが展開して行く。

このストーリーを、さらには本作をより一層引き立てるのはボンドガールのソフィー・マルソーだ。そもそもキーとなる役柄ではあるのだが、少女時代からの可憐さと年齢を重ねて得た妖艶さが上手い具合に調和した魅力、それをフルに活かした彼女の演技が作品のクオリティーを引き上げている。

もちろん、ジェームズ・ボンドは健在だ。そんな彼が見せる非情さは本作のハイライトではないかと個人的には思う。確固たるキャラクターの新しい一面ではあるのだが、結局のところボンドらしいとも言えるのではないかと私は思う。

本作は、秘密兵器の生みの親であり、007シリーズに欠かす事が出来ないQ役のデスモンド・リュウェリンの最後の出演作品であり、遺作でもある。その意味でも007ファンにとっては感慨深い作品ではないかと思う。また、迫力のアクションに手に汗握るだけでなく、複雑な心理から成る人間関係が生み出すスリリングな攻防は、特にファンでもない人でも楽しめる内容ではないかと思う。


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