自分勝手な映画批評
ルパン三世 ルパンVS複製人間 ルパン三世 ルパンVS複製人間
1978 日本 102分
監督/吉川惣司
声の出演/山田康雄 小林清志 井上真樹夫 増山江威子 納谷悟朗 西村晃
ルパン三世(山田康雄)が絞首刑で処刑された。検死報告でも処刑されたのはルパン本人であるのは間違いないのだが、その事実を信じようとしない銭形警部(納谷悟朗)は自分の目で確かめようとルパンの遺体が納められている場所へと向かった。

俺は夢、盗まれたからな、取り返しに行かにゃあ

クローン技術を駆使する巨悪マモーとルパンとの攻防を描いた作品。ルパン三世初の劇場映画作品。

長年に渡り数多くの作品が製作されているルパン三世は実にユニークなシリーズである。と言うのも、作品ごとにキャラクターのデザインが大きく異なるからである。実写、もしくはアニメ作品で演じる俳優、声優が変更されるのなら(それはそれで問題なのだが)まだしも、アニメの絵柄自体が大きく、しかも頻繁に変わってしまうのは、ちょっと理解し難い大問題ではないかと思う。

シリーズで最初に訪れた大きな変化は、ルパンが青いジャケットを着たテレビのファーストシリーズから赤いジャケットを着たセカンドシリーズへと移行した際である。この時にキャラクターデザインは一新された。ただ、両作の間には5年間の空白があり、変化は年月の経過だと解釈すれば、苦しいながらも、ある程度納得する事が出来る。しかし、それ以降も常に変化しており、納得出来る変化の根拠を作品内容から見つけ出す事は難しい。

本作はセカンドシリーズがテレビ放映されている時に公開された作品である。着ているジャケットの色こそ同じではあるのだが、キャラクターデザインや作風はセカンドシリーズとは大きく異なっている。つまり同時期に違うタイプのルパンが存在した事になる。それはルパン三世は作品ごとに違うのだと主張しているようにも受け取れる。

本作はルパン三世が初めて映画化された記念すべき作品である。ただ同時に、意図したか、しないかは別にして、ルパン三世シリーズの今後の展開を決定づけた、違った意味で記念となる作品になっているようにも感じられる。

ルパン三世が処刑された。その事実を認めない銭形警部はルパンの遺体を確かめに行く。間違いなくルパンの遺体はあった。しかし、そこに遺体とは別の、生きているルパンが現れ、銭形に自分の生存を主張して颯爽と姿をくらますのだった。ルパンは峰不二子の頼みでエジプトのピラミッドの中にある賢者の石を盗み出した。賢者の石を不二子に引き渡すルパンだったが、背後関係を知りたいルパンは不二子に盗聴器を仕込んだニセ物の石を渡し、真の依頼者を突き止めようとするのだった。

ルパン三世シリーズには珍しくおどろおどろしい、負のオーラを感じさせる作品だ。この質感は当時公開されて話題になった犬神家の一族から始まる金田一耕助シリーズにどことなく似ているようにさえ感じる程である。

そう至る原因はいくつか考えられる。まずは冒頭のルパンの処刑シーンだ。ルパンが処刑される事自体、かなりの衝撃なのだが、何の前触れもなく、いきなり処刑シーンから始まるので衝撃度は更に増す。この衝撃のシーンの所為で最初から、且つ一気に不穏な空気が作品に立ち篭める事となる。この演出は秀逸である。

そしてクローン人間をテーマとして扱っている点が挙げられる。一見すると実に有効的な技術革新のようにも思えるが、人間の尊厳を脅かすような、侵してはならない聖域に踏み込むような計り知れない恐怖を覚える事だろう。これが安易な空想でない事も大きい。実際、何年も後だがクローンは世間を騒がす事となる。そのような先見の明も含め、クローン人間をテーマにした事は非常にインパクトのある本作の最大のポイントである。

ちなみに本作公開と同時期に、本作と同じ永遠の命をテーマにしたアニメ作品銀河鉄道999が製作されている。描かれている内容は違えど共通点を持つ本作と銀河鉄道999の関係は、少なからず興味をそそられる。

更には悪役の絶大なる存在感が挙げられる。本作の悪役はルパン三世シリーズ史上、一番の悪役だと言っても過言ではないマモー。マモーの恐ろしさの背景にクローン技術がある事は間違いないのだが、その背景を何ら不自然に感じさせない程の魔性がマモーにはある。ここまでのキャラクターに仕立てた手腕は実に見事。この成り立ちには演じる西村晃の貢献も大きい。西村でなければマモーの存在感は示せなかったのではないかと強く感じる。

加えて、大人っぽいテイストで物語を色付けしているのでダークなムードを助長させている。不二子は、いつもにも増してエロティック。ルパンも、いつもの道化風情ばかりではなく、少し違った一面を覗かせ、ビターな人間味を滲ませる。そして二人の関係性はいつもより密接である。

他のシリーズ作品とは一線を画するような濃厚な色彩を感じさせる本作。但し、軽妙なコメディー色が排除されている訳ではない。むしろベースにあるのはドタバタ劇のスラップスティックコメディーである。つまり、おどろおどろしい恐怖を感じる大人なテイストに包まれていても、基本的にはルパン三世シリーズのイメージを大きく覆すような作品ではないのだ。

あくまでも個人的な見解ではあるのだが、本作はルパン三世のコンセプトを最も体現した作品ではないかと思う。ルパン三世は当初、子供よりも上の世代をターゲットにした、大人向けのアニメとして製作をスタートさせた。実際、ファーストシリーズの初期は大人っぽい作風で製作されている。しかし、その作風は世間に受け入れられず、途中から子供向けと言えるコメディー色を前面に出した作風に方向転換させた経緯がある。本作は、その両方を上手く融合させた作品だと私には感じるのである。

もうひとつ本作には感じるところがある。それは作品全体から発せられる強烈なパワーとエナジーである。それは初の映画化に挑む作り手の意気込みの表れであるかのようである。もしかすると、それこそが本作一番の魅力なのかも知れない。

ルパン三世作品でスケールの大きいテーマを描くのは本作に限った事ではない。しかし、本作のスケール感は群を抜いて圧倒的だと感じる。それは本作の持つ企画力や表現力のセンスの素晴らしさに因るところも確かに大きい。だが、それだけでは片付けられない、もっと根本的な制作者の熱意がスケール感を生み出しているように感じるのだ。

ルパン三世ファーストシリーズの第一話、すなわちルパン三世が初めて映像化された作品のタイトルは「ルパンは燃えているか…?!」である。初の映画化に際し、原点回帰を目論んでいるようにも受け取れる本作には、そのタイトルに自ら答えるかのような熱く燃えたぎるようなスピリットが感じられる。


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