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晴れた日の海では、もう泳げなくなった 原作は大藪春彦の小説。グランプリシリーズに挑むオートバイレーサーの姿を描いた作品。 言葉の収まりが良く、しかもキャッチーな作品タイトルだと感じた。但し、作品内容に合致しているとは思わない。原作小説は、戦後の混沌とした時代から華やかなトップレーサーへとたくましく成り上がる男の姿を描いているので作品タイトルに相応しい内容だと言えるだろう。しかし、原作の一部分のみをモチーフとして取り上げた本作は、作品タイトルの意味から離れたスタイリッシュなムードの作品として仕上がっている。 主人公の晶夫は全日本選手権ロードレース国際A級500ccクラスに参戦するオートバイレーサー。但し、そのキャリアは順風満帆ではなく、以前に参戦していた世界選手権のレース中の事故で瀕死の重傷を負った苦い過去があった。現在参戦している全日本選手権は、その事故から2年間のブランクを経て挑んでいる復帰の場。晶夫は、そのブランクを感じさせず、また、メーカーのワークスチームではなくプライベートチームからのエントリーにもかかわらず、7戦終了時点で96ポイントを積み重ねここまでのポイントリーダーであった。迎えた8戦目、ポールポジションからスタートした晶夫だったが、熾烈なデッドヒートの末に、前年、前々年のチャンピオンである大木に破れて2位に終わってしまう。8戦終了時点で晶夫と大木のポイントは同じ108ポイント。シリーズチャンピオンの行方は次の最終戦で決まる事となる。翌年に世界選手権へと復帰する晶夫は何としてもシリーズチャンピオンの座を手にしたかった。 1980年代前半の願望の集結。本作は、そのような作品だと呼べるのかも知れない。それは、ある意味でトレンディードラマと同様。なので時代を感じる面もある。だが、案外しっくりくるのが面白い。回り回ってという解釈も出来るのだが、本作で描かれているような生活は普遍的な憧れでもあるように思う。 主人公の職業がオートバイレーサーというだけでも十分カッコイイのだが、加えて色男で女性にモテるプライベートも有しているので、さらにカッコ良さが極まる。その上、室内にプールがある豪邸に住む程に裕福。しかも、その豪邸が実にスタイリッシュ。コンクリートむき出しの壁に、必要最低限以上に何もない生活感が皆無の贅沢な空間。もはや、このカッコ良さにはひれ伏す他ないだろう。 そんな浮世離れした生活は、現代で言うところのセレブに属するようであるのだが、妙な嫌らしさはなく、ヨーロッパの貴族を思わせるような高貴な雰囲気が漂っている。この辺りは本作の持つセンスであるだろう。安易に流行を取り入れ、やたらと装飾するのではなく、無駄を省き良質のみを厳選する目利きのようなセンスが本作からは感じられる。晶夫が乗っている車がポルシェやフェラーリではなくアルピナ仕様のBMWなんてところもセンスの表れだと言えるだろう。 そして、そういったセンスが草刈正雄を介して具現化しているので晶夫のキャラクター、ひいては本作の作品世界が完成されている。脚本が丸山昇一なので関係の深い松田優作で想像してみたが、持ち味が違うという面は大いにあるのだが、本作の作品世界は優作では築けなかったであろう。 草刈のマイルドとワイルドが程よくブレンドされ、寡黙だが艶やかな色気を漂わせる個性は、気品あるプレイボーイでありストイックなレーサー、そして秘めた野心を抱える晶夫のキャラクターを立体化した。本作は草刈でなければ絶対に成立しなかったと私は思う。 晶夫が繰り広げる人間ドラマだけでも大きな見応えをもたらすのだが、本作のもうひとつの見どころはレースシーンである。かなりの時間を割いたレースシーンは臨場感たっぷりに映し出され、大迫力を伝達する。そして忘れてならないのは、レースシーンで草刈のスタントを演じた実際のレーサー平忠彦の存在である。 本作の性質、もしくは本作を好むファン層の事を考えると、平は本作の影の主役、あるいはもう1人の主役と言っても過言ではないだろう。もしかすると汚れた英雄と聞けば草刈よりも平をイメージする人も多いのかも知れない。実際、本作のイメージは平のキャリアでプラス面で作用し、稀有なスターライダーへと導いた。 もちろん平が顔をさらす事はない。だが、今となってはシンプルだが精悍なカラーリングを施したヘルメットでのライディングは、不思議と草刈と同様の色気を感じさせる。余談だが、ヘルメットを脱いだ平も草刈に劣らぬ男前である。 日々進化するモータースポーツは僅かな時間の経過でも鮮度が失われ、すぐさま今あるモノを過去へと葬り、時代遅れの烙印を押す。なので本作で映し出されるレースシーン、その界隈の描写は絶対的に古い。しかし、これだけ時間が経てばクラシカルな味わいとして違った良さが感じられるだろう。 押し掛けスタート、華奢な鉄フレームのマシン等、現代のトップカテゴリーではお目にかかれないシステムで構成されるレースシーンは、もはや歴史的な価値の域に達していると言って良いだろう。中でも特筆したいのは2ストロークエンジンの懐かしさだ。小刻みで甲高く、軽薄なエグゾーストノート。噴き出す白煙。映像から匂いを感じるのは不可能なのだが、忘れかけていた甘いオイルの香りの記憶が、鼻の奥の方で蘇る。 今となっては貴重だと言えるだろう、純朴な青年を演じる奥田瑛二の姿にも注目。 |
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