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相手を喜ばせる為、特別に仕立てた話 パナマを舞台に、イギリスの諜報員と現地で紳士服の仕立て屋をするイギリス人が巻き起こす騒動を描いた作品。原作はジョン・ル・カレの小説「パナマの仕立屋」。 ピアース・ブロスナンといえば、5代目007/ジェームズ・ボンドである。ボンドという世界規模で有名なキャラクターを演じられるのが名誉なのは間違いない筈だ。だが、その反面、他の俳優活動に支障を来してしまうのも事実であるだろう。 支障とは時間的な制約、つまり007シリーズ作品の製作にスケジュールが取られてしまうので、007シリーズ以外の作品に出演する時間の確保が困難である事が挙げられる。そして、イメージが固定される事による弊害も挙げられるだろう。誰もが知っている強烈な個性、ボンドを演じれば、どうしても、そのイメージが演じる本人につきまとってしまう事だろう。 だが、ブロスナンは、どちらの支障もクリアしていると言えるのではないかと思う。ブロスナンはボンドの任務を遂行中にも精力的に007シリーズ以外の作品に出演していた。また、イメージが固定についても、そもそもブロスナンは、ボンド的な要素を備えた俳優であったので、それ程問題は感じない。ボンド就任以降はボンドである事を逆に利用し、そのイメージを更に高めたのではないかと思う。だからこそ「トーマス・クラウン・アフェアー」のような秀作を生み出せたのではないかと思う。 本作はブロスナンがボンド在任中に出演した作品である。しかも演じる役柄は、ボンドと同様のイギリスの諜報員である。まずは、その事が本作の大きな見どころであるだろう。但し、本作にボンドを期待しては痛い目に会う事だろう。 イギリス情報部MI6の諜報員のアンディは、私生活でのトラブルが原因となってパナマへと左遷になった。だが、おとなしく任期を務めろという訳ではなかった。北アメリカと南アメリカの間にあるパナマ運河が、アメリカ合衆国からパナマへと返還されたばかり。パナマ運河の命運を握るパナマの情勢にMI6は関心を持っているのだった。パナマ情勢の情報を仕入れるべく、パナマ政府に近いイギリス人を探すアンディは、パナマで紳士服の仕立て屋をするイギリス人の男ハリーに目星をつける。早速アンディは、客を装いハリーの店に訪れ、ハリーに情報提供者になるように持ちかけるのだった。 とにかくストーリーが素晴らしい。ごくごく些細な事が、最終的に国際的な大事件へと発展して行く様子を、まるで小さな雪玉を斜面で転がすうちに、手に負えなくなる程に大きくなってしまうような有り様で描いている事に感心させられる。 斜面を転がる雪玉に例えたのは、単純に事態が大きくなるからではない。事態の成り行きには加速度がついていくからである。なので、最初はゆっくりと進んでいても、徐々に、しかも知らぬうちにスピードを上げ、気付けば手出しが出来ない程までに拡大しているのである。 加速し続け、大きく速度超過して迎えたクライマックスは、冒頭では想像もつかない怒濤の状況である。もちろんスリルも信じられない程に増大している。更には、念入りにミステリーまで効かせている。このストーリー展開は本当に見事である。 このストーリー展開だけでも合格点は与えられる。だが、キャスティングの妙が加わる事によリ、更に作品の素晴らしさが増している。 まず挙げられるのがブロスナンのキャスティングである。前述したとおり、ブロスナンといえばボンドのイメージ。しかし本作では、そのイメージを逆手にとって物語をミスリードしているのである。この仕組みの実現だけでも映画化した価値はあったであろう。 そして、もう1人の主役、ジェフリー・ラッシュも素晴らしい。流石はオスカー俳優。表現力の上手さは申し分ない。本作の緊迫感は、現実性を伴うスケールの大きい事柄を上手く取り扱ったストーリー展開からもたらされているのだが、そこでの臨場感は、ラッシュの演技から発せられていると言えるだろう。 ちなみに、本作の原作者のル・カレはスパイ小説を多く執筆してきた作家であり、執筆作である「ロシア・ハウス」も本作より以前、1990年に映画化されている。その作品で主役を演じたのが何と初代ボンド、ショーン・コネリー。つまり、ル・カレの原作作品で、2人のボンドがボンドではないスパイを演じているのである。狙った訳ではなく、偶然ではあるのだろうが、この事実は中々興味深く感じる。 ラッシュ演じるハリーの息子を演じるのは、「ハリー・ポッター」でブレイク直前のダニエル・ラドクリフである。ハリーの指南役となるベニー叔父さんを演じるのが、作家で後にノーベル文学賞を受賞するハロルド・ピンターであるのも面白い。 |
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★前田有一の超映画批評★ |
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