自分勝手な映画批評
手紙 手紙
2006 日本 121分
監督/生野慈朗
出演/山田孝之 沢尻エリカ 尾上寛之 玉山鉄二
直貴(山田孝之)は刑務所に服役している兄・剛志(玉山鉄二)に、高校を卒業した事、大学には行かない事を報告する手紙を出した。それを受けて剛志は、直貴が大学に行かなかったのは自分の所為だと悔いる想いを綴った手紙を返信した。

手紙って、命みたいに大事な時あんねんで

原作は東野圭吾の小説。強盗殺人を犯して刑務所に服役している兄を持つ青年の姿を描いた作品。

手紙なんてほとんど書いた事がない私だが、手紙の重要性は理解しているつもりである。実際、もらった手紙に励まされ、勇気づけられた経験もある。現代では携帯電話やパソコンのメールが浸透し、手紙からそういったツールへと伝達手段は移行しているようではあるのだが、カタチは変えれど、口頭では成し得ない文字による伝達の有効性とその意義は、いつまで経っても有り続けるのではないかと思う。

ただ本作は、作品タイトルどおり手紙がポイントになってはいるのだが、その事ばかりに重点を置いて描かれている作品ではない。本作の本筋となるのは、強盗殺人犯の兄を持つ弟の苦労と苦悩の日々である。

主人公の直貴が手紙のやりとりをしているのは、強盗殺人を犯して刑務所に服役している兄の剛志。そんな兄の存在が直貴の人生の行く先々で邪魔をする。但し、直貴を直接苦しめているのは兄本人ではなく、凶悪事件の加害者の弟という事で冷遇する世間である。それは不条理な差別だと言えるだろう。だがそれは、無責任な外野の喧騒は別にして、理屈ではない人間心理を考えれば、ある意味、仕方がない面もあるように思う。

本作では、世の中には差別があると登場人物の台詞を用いて明言している。私もその意見に同意する。但し、是正出来る差別は確実にある。本作での差別は、その類いに当てはまるだろう。だが、根本的に差別が存在してしまう世の中では、残念ながら不条理な差別も繁殖する可能性を往往にして秘めていると言わざるを得ないだろう。

ならば、腹を決めて差別のある世の中で生きるしかない。確かに、その状況から逃げる選択肢もあるだろう。だが、逃げても問題の解決にはならない。いや、逃げなくても問題は解決しないのかも知れない。しかし、決心する事で少しでも前に進める可能性は生まれるだろう。ただ、もちろん、その決心は、生半可な想いでは決められない、相当な覚悟を必要とするであろうし、しかも、その後に待ち受けている道も決して穏やかではないだろう。

シーンごとに丹念に描く手法は、ボリューム感をたっぷりともたらし、重いテーマに見合った濃い内容の作品へと仕上げている。本作はエピソードが多く、比較的長い月日の物語が描かれている。にもかかわらず、不自然さや妙な偏りがなく、2時間の枠の中にしっかりとバランス良く収めた構成は極めて優秀であると思う。

正直、物語が終盤へと進むに連れ、ラストシーンは透けて見えてくる。しかし、それでも感動を覚えるのは、それまで積み上げた物語の素晴らしさ、そして、そのシーンの素晴らしさなのではないかと思う。

若者を描いた作品であるので、キャストが若い俳優であるのは必然である。深みある、優れたストーリーを活かせるかは、若い俳優たちの技量に懸かっているのだが、彼らは立派に成し遂げたと言えるだろう。

出口の見えない苦しみを抱えた主人公の直貴を、持ち味であるナイーブな表現力を存分に発揮して山田孝之が熱演する。また、ほとんどが刑務所内という極端に制限された場面での出演である為、直貴とは違った意味で難しい役柄であったであろう兄・剛志を演じた玉山鉄二も素晴らしい。本作の結びの充実は、彼の演技に因るところが大きいように思う。

ヒロイン役の沢尻エリカも申し分ない。彼女の演技は、しっかりと作品に馴染みながらも、艶やかな輝きを放ち続ける。彼女の女優としての天賦の才能は、本作でも体感する事が出来る。重々しい人間関係の中、潤滑油になっている尾上寛之も良い仕事振りだ。

そんな若者が主体となって描かれているドラマを、杉浦直樹をはじめとするベテラン俳優たちが、しっかりと外で支えている。彼らの円熟した確かな演技があるからこそ、本作に真実味のある厚みが加わったと言えるだろう。


>>HOME
>>閉じる







★前田有一の超映画批評★

おすすめ映画情報-シネマメモ