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欲で塗り固められた惨劇 逃亡犯が民家に立てこもって引き起こすサスペンス。1955年公開の必死の逃亡者のリメイク。 ストーリーは比較的単純、と言うか、率直に言って穴を感じさせる。裁判の最中に、被告である凶悪犯が、彼の弁護士である女性の助けを借りて逃亡する。しかも、警察等の目をくらまし、二人で逃亡しようという計画である。 無論、二人は恋人同士。愛の力が二人を突き動かすと言えば聞こえが良いが、エリート中のエリートで頭脳明晰な筈である弁護士が、そのような行動に出るのは、あまりにも浅はかであろう。 但し本作は、その点を必ずしもウィークポイントとはしていない。もちろん、もう少し緻密で熟成されたストーリーも用意出来たのではないかと思うのだが、その事を踏み潰してまでも、人間の理性が及ばない欲情、他人などお構いなしの私利私欲を描きたかったのではないかと感じる。 罪の意識や懺悔の心など微塵もない逃亡犯や、社会的責任を放棄した弁護士は私利私欲の固まりだと言えるだろうが、逃亡犯が立てこもる民家の家族も、立場的には被害者ではあるのだが、内的問題を抱えており、その兆候は見られる。 夫の不貞が原因で崩壊寸前の家族には、それぞれのエゴが見え隠れする。逃亡犯に押し入られた以降の、パニックに陥った精神状態での行動を私利私欲と称するのは、あまりにも気の毒ではあるのだが、極限状態で直線的に生を求める行動は、ある意味、人間の本性が露になった姿だと言えるだろう。 さらには、逃亡犯を追う女性FBI捜査官がこの状況に参戦し、欲深き物語を磐石にする。他人の意見に耳を貸さない彼女の姿は、男性社会を必死に生きる苦しい女性の立場を表しているようにも取れるが、その事ばかりに気を取られた、ひいては、手柄を欲するあまりの愚かな行ないのようにも映る。 非常事態の中で、人間の欲望が渦巻く群像劇が、バイオレンスなサスペンスを構築して行く。 主人公の逃亡犯ボズワースを演じるミッキー・ロークが秀逸。残忍な悪役であるボズワースを、堂に入った演技で自信と風格、そして怪しくも甘い色気を漂わせて素晴らしく演じる。他の登場人物とは異なるキャラクターで作品にアクセントをつけるデヴィッド・モースの演技も印象に残る。 |
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