自分勝手な映画批評
シャーロック・ホームズの冒険 シャーロック・ホームズの冒険
1970 アメリカ 125分
監督/ビリー・ワイルダー
出演/ロバート・スティーブンス コリン・ブレークリー ジュヌヴィエーヴ・パージュ
ロンドンのコックス銀行の金庫にブリキの箱が保管されている。それはジョン・H・ワトスンのもので、彼の死後、50年後に開封される予定になっており、中にはシャーロック・ホームズの思い出の品々が入っている。ワトスンはホームズの解決した事件の内、60件程を事件簿として記録したのだが、様々な事情を考慮した結果、発表を後々まで控えた事件がいくつかあった。

女嫌いではない、信用しないだけだ

本作の日本語タイトルと同名の作品に、シャーロック・ホームズの生みの親であるコナン・ドイルの著作の短編集がある。また、その短編集を含めたドイル原作の物語を映像化したジェレミー・ブレット主演のイギリスのテレビドラマも同名である。

しかし、それらは本作とは一切関係がない。本作はビリー・ワイルダーが作り出したオリジナルのストーリーである。もっとも本作の原題は「The Private Life of Sherlock Holmes」であり、日本語のタイトルはちょっとした意訳であると言えるだろう。

ある晩、テムズ川で溺れていた身元不明で記憶喪失の女が、ホームズの住所が記されたメモを持っていた為に御者によってホームズの元に運び込まれた。僅かな手掛かりから女の身元を探り出そうとするホームズ。だが翌朝、女は正気を取り戻し、ホームズを訪ねようとした理由を語り始めた。女は鉱山技師である夫を捜す為にホームズを訪ねる予定だった。しかし何者かに襲われテムズ川に落ちたのだった。ホームズとワトスンはその女、バラドン夫人の夫を見つけ出す捜査を開始するのだった。

本作は少しユニークなバランスで構成された作品のように感じる。と言うのも、物語が本格的に動き出すのは作品の中盤に差し掛かる頃。それ迄は、一見すると本筋とはまったく関係のない話が、それなりに時間を割いて収められている。

この前半部分は多分にコメディータッチだ。ちょっと毒づいたようなシニカルな要素が盛り込まれているのは楽しいのだが、率直に言って少々悪ふざけが過ぎるような一面も感じる。ただ、本作の全体を包み込む軽妙な雰囲気を印象付ける役割を果たしていると思うし、また同時に、関係なさそうに見えて、しっかりと後の展開への伏線にもなっている。

本作には過剰にスリルを煽る演出は施されていない。そういった意味では現代作品に慣れ親しんだ感覚には、いささか物足りなさを感じるのかも知れない。但し、ミステリーの構造は実に木目が細かく、極めて優秀だと言えるだろう。

いくらホームズが科学的推理法の達人だったとしても、その当時の科学が現代のものと比べて雲泥の差があるのは言うまでもない。すなわち、捜査手法においてのホームズ作品の限界は自ずと示されていると言えるだろう。ただ本作は、その範囲を極限まで活用し、緻密に計算された上質なミステリーを創造している。

更には、限界を超えた面もある。それはホームズの内面をえぐり出している点だ。ホームズのキャラクターは天才的な推理力が備わっている反面、著しく欠如している部分があるのは周知の事実。その辺りにミステリーの活路を見い出した事は、限界が定められた時代を舞台にしているが為に閉息感を覚える作品世界を豊かにしていると言えるだろう。もしかすると、希代の名探偵の最大の敵は自分自身だったのかも知れない。

そして、あえてスリルを煽らなかった演出方法が、この秀逸なミステリーを上手く活かしているのだと思う。スリルを煽るのではなく、程よくコミカルに味付けした軽妙な作風だからこそ、甘くて切ないクライマックスが導き出されたように感じる。

ビリー・ワイルダーとシャーロック・ホームズの豪華な顔合わせは本作の大きなポイントである。ただ、名匠に料理された名探偵の物語は、見方によっては既存とは異なるイメージだと感じるのかも知れない。だが、あえて違ったアプローチで臨む姿勢は、名匠の意地と誇りを感じさせるし、その信念をしっかりとまとめ上げて、ツボを押さえた味わいあるエンターテインメントに仕上げた手腕は、巧の技の奥深さを感じさせる。


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