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夢を掴む為に捨てる過去 失踪した夫の行方を追う新妻を描いたミステリー。原作は松本清張。本作は彼の生誕100年記念と銘打たれた作品である。 舞台は終戦から10年余り過ぎた昭和32年。登場人物は皆、戦前生まれ。すなわち、皆、戦争を経験している。昭和31年の経済白書で「もはや戦後ではない」と言われたが、彼らは、そこへと辿り着くまでの戦中・戦後の辛く苦しい時代を経験している。その事が本作の根低に流れている。 お見合いをして結婚した憲一と禎子。結婚して一週間後に金沢に向かった憲一は、そのまま帰ってこない。どうして帰ってこないのか? 何が何だかさっぱり分からない。禎子の心境と同じように本作の前半部分は暗中模索、つかみ所がなく物語は進んで行く。その間に増えていく登場人物たち。怪しさを感じながらも、禎子と同様に観る者の知らないところで事は進み、中盤以降、一気に加速して行く。 語弊があるかも知れないが、人間、過ちを犯したからといって、人格すべてが否定されるものではないだろう。但し、取り返しのつかない過ちもある。 辛く苦しい時代を抜け、やっと新しい光りが見えてきた。それは、死にものぐるいで懸命に生きた成果であり、費やしたひたむきな努力は尊ぶべきものであろう。しかし、だからといって、決して犯してはならない、取り返しのつかない過ちの大義名分には成り得ない。 私の心が汚れているのかも知れないが、見合い結婚して一週間で失踪した夫を執念深く追う妻に僅かながら疑問を感じた。もちろん現代でも、大多数は必死になって捜すのであろう。だが、中には「悪い男に当たった」と、ドライに割りきり、切り替える人もいるのではないかと思う。 現代の結婚を軽んずるつもりは断じてない。だが、「もはや戦後ではない」と、やっと人生を謳歌する事を許された時代、自分の希望を託した結婚の重みは計り知れない程であったように思う。 美しい映像も本作の見どころであろう。冬の金沢を低く覆う空一面の雲、降りしきる雪、強い風、荒れる海。厳しく寂し気な日本の風情は儚くも美しい。 |
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