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「愛してる」「僕もだ」 同棲する恋人との関係が倦怠期を迎え、夢の中へと逃亡する男の姿を描いた作品。 グウィネス・パルトローとペネロペ・クルスの二人のスター女優、しかもオスカー女優(但しペネロペは本作公開よりも後年の受賞)の共演というのが本作の大きな見どころであるだろう。但し、それぞれに見せ場はあるものの、二人が直接演技で絡む事はない。ちなみに、監督のジェイク・パルトローはグウィネス・パルトローの実弟。 人気バンドの一員だったゲリー。しかしバンドは解散し、今はコマーシャルソングの作曲家に転身していた。ゲリーにはバンド時代からの付き合いで同棲している恋人ドーラがいた。但し、現在二人は倦怠期。ドーラは中途半端で不甲斐ないゲリーに苛立ち、ゲリーは冷たいドーラを不満に思っていた。ある夜、就寝中のゲリーは夢の中で美しい女性アンナに出会った。その日以来、アンナがゲリーの唯一の心の拠り所になった。 現実逃避なんていったら聞こえは悪い。だが、それを気分転換とするならば誰もが経験している筈だ。何かに行き詰まった時にリフレッシュする行為、食事や買い物はもちろんの事、休憩のちょっとした一服でさえ、ある種の現実逃避だと言えるだろう。 本作が気分転換に用いたのは睡眠中の夢。誰かに頼る事も迷惑をかける事もなく、自己完結出来るという意味では優良な気分転換だと言えるだろう。但し、モノには限度がある。その限度を超えてしまったら、それは気分転換ではないし現実逃避ですらない。 ちょっと不思議な題材を選んだ本作は、ルーズなコメディータッチで進んで行く。コメディータッチであるのは題材を考えれば成り行きだと言えるだろう。ただ、ルーズであるのは本作の大きな特色だと思う。 このルーズさは、そもそもの子供っぽい男たちという設定もさる事ながら、演じるマーティン・フリーマン、サイモン・ペグ、ダニー・デヴィートの個性も大きく影響している事だろう。この芸達者たちは、実に見事にとぼけた味を醸し出している。 それだけでは終わらないのも本作の特長だ。グウィネス・パルトロー、ペネロペ・クルス等の女性陣がバカな男たちに冷ややかに視線を送り、まるでスイカに砂糖を振ったようにルーズなコメディー色を増長させる。 つまり、本作の要となるのは男女の意識の違いだ。男女の本質のズレは、本作では極端に表現されているのかも知れないが、酷く滑稽だ。どちらかが悪いのではない。いや、どちらも悪いのだろう。ただ、それ故におもしろおかしく映し出されている。 しかし、ずっと笑っている訳にはいかない。違いを放置しておけば隔たりは広がる一方で、理解し合えるチャンスは刻一刻と失われて行く。取り返しがつかなくなる前に、悲惨な結果を突き出される前に何とかしなければならない。 |
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★前田有一の超映画批評★ |
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