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馴れ馴れしく笑わんでくれよ 原作は西口彰事件を題材にした佐木隆三の小説。犯行を重ねながら逃走を続ける連続強盗殺人犯と、彼に関係する周囲の人たちの姿を描いた作品。 決して観ていて気分良くさせられる作品ではない。むしろ、嫌な気持ちにさせられる作品ではないかと思う。ただ、どんな効果であるにせよ、人の心に訴えかける要素が備わっている作品なのだと思う。 連続強盗殺人犯の榎津巌が逮捕され連行される場面からスタートする本作は、過去を振り返る形式をとっている。回顧のメインとなるのは昭和38年10月18日に発生した専売公社の社員2人の強盗殺害に端を発する一連の強盗殺人事件。そして、犯行へと向かわせる原因を明らかにさせるかのごとく、榎津巌の生い立ちまでも遡って描かれている。但し、榎津巌だけがフォーカスされている訳ではない。彼の父親、妻、そして愛人の人生も本作は追って行く。 実際の事件が作品のモデルである事は大きなアドバンテージであるだろう。だが、そんな事など無用だと言わんばかりに名優たちが圧倒的な実力を見せ付け、至高の極みまで押し上げていると言えるだろう。 主人公の榎津巌を演じるのは緒形拳。彼は理解不能な狂気な人格を素晴らしく演じている。彼は狂気を瞬発的な切れ味で表現している訳ではない。もっと奥深い、全身から滲み出る風格で表現している。なので突発的な衝撃ではなく、一貫した恐怖が全編に宿る。それには彼の俳優としての個性も影響しているとは思うのだが、ここまで性根の据わった悪を表現されると感服するほかない。 脇を固める俳優陣も実に見事。三國連太郎は複雑な心境を持つ巌の父親を重厚に演じ、清川虹子、ミヤコ蝶々は熟練した巧の技のように老婆の心の機微を表現する。そんな中でも印象に残ったのは倍賞美津子と小川真由美だ。 彼女たちを本作のヒロインと呼ぶには相応しくないのかも知れない。本作の彼女たちは、日なたで綺麗に咲き誇る花ではない。しかし日陰ながらも美しい香りを漂わせる花であるのは間違いない。ある意味2人の役柄は対象的だと言えるだろう。それは、そもそもの設定である面が大きいのかも知れないが、彼女たちが役柄を引き寄せた為に仕上がったと言えるのではないかと思う。 凛とした強さを感じさせる倍賞美津子と愛らしい可憐さを感じさせる小川真由美。しかし単なるコントラストでは終わらない。日の当たらない不幸な境遇の渦中にある成熟した女の淫靡な炎は強く燃え上がり、その情念は生々しく映し出される。 正直、時代描写の精密性には疑問を覚える節もあるのだが、本作の素晴らしさの妨げにはならないだろう。決して何かしらの教訓が得られる作品ではないのかも知れない。同情を呼び起こす悲劇を描いた作品でもない。だが、本作からは強烈なパワーが発せられている。獣のような人間の欲情を不埒に描いた本作。その圧力に否が応でも心が揺さぶられるのではないかと思う。 |
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