自分勝手な映画批評
花のあと 花のあと
2010 日本 107分
監督/中西健二
出演/北川景子 甲本雅裕 宮尾俊太郎 市川亀治郎
婢(はしため)のおふさ(谷川清美)を連れて城の二の丸に桜を見に来た以登(北川景子)。そこに馴染みの津勢(佐藤めぐみ)が現れる。

何よりも、ひとりの武士として

原作は藤沢周平の小説。剣の達者な若き女の決心を描いた作品。

現代では考えられない制度や風習、通念がかつては社会の根幹として存在していた。それらに正当性がなく、あまりにも理不尽であるのならば、理解も共感も得られずに消え失せ現代に存在しないのも当然の成り行きであるだろう。だが、いつの間にか忘れ去られ、あるいは隅に追いやられて埃を被ってしまった宝もあるのではないかと思う。

舞台は江戸の世。女だてらに男勝りの剣術の腕を持つ以登ではあったが、城下一の剣の使い手である孫四郎との試合では敗れてしまう。だが、その強さもさることながら、女としてではなく、しっかりと相手をしてくれた孫四郎の誠実さ、そして優しさに以登は好感を持つ。しかし、以登は許婚がいる身。そして孫四郎にも縁組みの話が進んでいる聞く。以登は孫四郎への想いを深く心にしまい込む。

切ない恋心が物語をリードして行く。但し、本作は甘酸っぱいラブストーリーとは違う。本作の基盤となっているのは現代では失われたかにも思える潔い武士道精神。その事が大きな転換をみせる中盤以降の展開に特に影響を及ぼしている。

純愛を貫けないのは時代の所為である。ただ面白い事に、武士道の純真を貫けたのは、これまた時代の所為ではないかと感じるのである。

現代でも「サムライ」という言葉を多く耳にする。だが「サムライ」とは決して偉業を達成した者に与えられる称号ではないだろう。本当の「サムライ」とは何か? 本作に登場する、およそ「サムライ」には似つかわしくない者たちが、その真意を教えてくれているような気がする。

冒頭から本作を引率するのは北川景子と宮尾俊太郎の若いコンビである。主人公の以登が持つ、名家の子女らしい可憐さと内に秘める芯の強さを兼ね備えた人間性を北川景子は上手く表現していると思うし、何より要所でみせる刺すような視線は代わりの利かない彼女ならではだと実感させられる。宮尾俊太郎の素朴で気品ある佇まいも実直な孫四郎のキャラクターにマッチしていると言えるだろう。

このコンビに佐藤めぐみを加えた若いキャストの瑞々しい演技が従来の時代劇とは多少趣の異なる新鮮な魅力を本作に送り込んでいると言えるだろう。ただ言い換えれば、本来あるべき時代劇としての体裁は背負いきれていないとも言えるだろう。その体裁は脇を固める國村隼ら熟練の俳優たちによって築かれている。中でも、まだまだ若いながらも重厚な存在感を示す市川亀治郎の演技には目を見張るものがある。

そして忘れてならないのは甲本雅裕の存在である。役柄的にかなりオイシイ役どころではあるのだが、そこに魂を吹き込んだのは甲本雅裕のひょうひょうとしつつも深みのある演技。本作の旨味は彼がもたらしていると言って良いだろう。

美しい日本の自然、移り行く四季の描写を取り入れ、粛々としたムードで淡々と物語が進行する本作。だが、シーン数が比較的多く、展開が速いのも本作の特徴だと思う。ただ、そこから慌ただしさは感じない。

それは、すべてをさらけ出すのではなく、観る者の想像力に委ねる演出が施されているからなのだと感じる。奥床しさを重んじる日本古来からの美意識に基づいた表現手法とその具現化は実に見事である。こだわりを感じさせる所作や作法の見せ方も、しっかりと後の展開への伏線になっているようで感心させられる。


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