自分勝手な映画批評
アパートの鍵貸します アパートの鍵貸します
1960 アメリカ 125分
監督/ビリー・ワイルダー
出演/ジャック・レモン シャーリー・マクレーン フレッド・マクマレイ
ニューヨークの総合保険会社に勤めるバクスター(ジャック・レモン)は、終業時間の5持20分から、大抵は1〜2時間の残業をしていた。決して仕事熱心な訳ではない。彼の住んでいるアパートの事情の所為である。

一介のサラリーマンの憂鬱

会社の上司に自分の住居であるアパートの一室を貸している男の物語。第33回アカデミー賞、作品賞、監督賞、脚本賞、編集賞、美術賞受賞作品。

一風変わってはいるが、中々、惹き付けられる邦題ではないかと思う。原題は「アパートメント」。作品を包括的に捉えるならば、原題の方が相応しいだろう。だが、一見「冷やし中華始めました」的な告知のようなこの邦題は、本作の内容を踏まえて考えると、にこやかにこのフレーズを発しているジャック・レモン演じる主人公のバクスターが目に浮かぶようで何とも面白い。上手に本作の雰囲気を切り取った、粋なタイトルではないかと思う。

保険会社に勤めるバクスターは、上司の情事の為に自室を提供している。その代わりに、当然と言えば当然だが、上司に可愛がられ、仕事の査定を優遇され、さらには出世を約束されている。

程度の大小があるにせよ、上司に従うのは組織の常であろう。ただ本作での命令は、あまりにも公私混同で、しかも幼稚である。だが本作は、この醜いギブ・アンド・テイクな関係を、実に上質なコメディーに仕上げている。これは暗い方向に持って行かない脚本の意図も然る事ながら、主人公のバクスターを演じるジャック・レモンの功績も大きいと言えるだろう。

但し、大いに笑えるコメディーは、前半で終いになる。中盤以降はガラリと様相を変え、要所に笑いは交えながらも切ないストーリーが展開していく。

この変化もジャック・レモンの演技がなくては成立しない。コミカルなコメディアン然とした演技だけでも素晴らしいのだが、その奥に秘められた寂し気な人間性も味わい深く表現している。このバクスターの表立っていない人間性が、本作の生命線だと言えるのかも知れない。

ヒロインを演じるシャーリー・マクレーンも良く、さらには彼女とジャック・レモンのコンビの対比も抜群である。シャーリー・マクレーン演じるフランは外面は凛とした女性である。対してバクスターは軽やかで柔らかいキャラクター。しかし内面は、ある意味、フランは女っぽく、バクスターは男らしい。このたすき掛けのようにクロスするキャラクターの関係が絶妙である。

もしフランが外見からして女性ぽかったとするならば、言い方は悪いが、単なる女々しい女でしかなく、キャラクターの広がりに欠けていただろう。バクスターにも同様に言える事だが、この人間性のギャップが作品に深みをもたらしていると言えるだろう。

舞台は賑やかな年の瀬のニューヨーク。コメディータッチで観る者を引き寄せるが、本筋にあるのは切ない人間ドラマ。しかし、決して重くなり過ぎず、全体をロマンティックな風合いでまとめている。高次元で贅沢に仕上げた、極上のエンターテインメントではないかと思う。


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