自分勝手な映画批評
セーラー服と機関銃 セーラー服と機関銃
1981 日本 112分
監督/相米慎二
出演/薬師丸ひろ子 渡瀬恒彦 風祭ゆき 柄本明 三國連太郎
大雨の日、人里離れた土地の1本道を助手席のヒコ(林家しん平)に急かされながら獣医(円広志)が車をとばしていた。

快・感…

原作は赤川次郎の小説。ひょんな事からヤクザの組長になった女子高生が巻き込まれる騒動を描いた作品。

本作は、当時一世を風靡していた角川映画の代表作の1つとして挙げられる作品であり、同時に、薬師丸ひろ子がスターの地位を確立した作品である。そして、まるで往年のスター・システムを用いた映画を彷佛とさせるような造りの、角川アイドル映画群の先駆けとなった作品でもある。

元々、角川映画は、母体が角川書店だという事もあり、様々な媒体を駆使して作品をプロモートするメディアミックスなる手法に長けていたのだが、本作で更に一歩踏み込んだメディアミックスを手にする事となる。角川映画は本作で、自社が抱える若手女優を作品の主役に起用し、主題歌までも歌わせて主演女優をコンセプチュアルな作品のイメージリーダーにする、磐石なメディアミックス・システムを作り上げたのだ。

本作以降、角川映画は(すべての作品ではないのだが)このシステムを用いた作品群を世に送り出す事となる。その作品群で活躍したのが、本作主演の薬師丸、後に続く原田知世、渡辺典子の角川3人娘と呼ばれた女優たちである。

期間としては5年程度であったのだが、年に数本、夏休みや正月に合わせて公開される彼女たちの作品は、当時の映画界のカレンダーには不可欠な、ちょっとした恒例行事のような有り様だった。アイドル全盛だった当時、同世代がテレビに忙しく出演する中、あくまでも映画を主戦場として露出が少なかったプレミアム感も彼女たちの作品、そして彼女たち自身の価値を高めたと言えるだろう。

女子高生の星泉の父親が交通事故で突然死んだ。天涯孤独となった泉が火葬を終えて、父親の遺骨を持って自宅マンションに戻ると、見知らぬ女性がドアの前で待っていた。その女性、マユミは泉の父親の愛人で、泉の父親が書いた手紙を持っていた。そのマユミに宛てた手紙には、万が一の場合には娘の泉と一緒に暮らして欲しいと記されており、その時から泉とマユミの共同生活が始まった。泉が学校へと復帰したある日の放課後、正門の前に黒いスーツを着た強面の男の集団が並んでいた。異様な光景に、ざわめく生徒と教師たち。泉の友達は裏門から帰ろうと言うのだが、泉は「ここは私たちの学校でしょ、どうして裏門から帰らなきゃいけないの」と言って、1人で正門へと向かった。泉が正門に近づくと、1人の男が泉の前へと出た。「星泉さんですね? お迎えにあがりました」と男は言い、泉の手を取り車へ乗せた。車が向かった先はヤクザの目高組の事務所。泉の父親は目高組の血を引いていて、泉の父親に組を継がせろと先代の組長が遺言していた。しかし、泉の父親は交通事故で死んでしまっている。泉の父親がダメなら、その直系に継がせろというのが、これまた先代の遺言。そこで目高組の組員たちは、組長になってもらおうと泉を訪ねたのだった。

風変わりな異色作である。ストーリー自体はミステリーとして中々の見応えを感じさせる。だが大前提として、セーラー服の女子高生がヤクザの組長になる設定が、そもそも荒唐無稽で滑稽である。しかも、それに輪を掛けて演出が、これまたユニークなのである。なので本作は、俄然ユニークな印象を与える作品となっている。

本作の特徴(これは相米慎二監督の特徴だとも言えるのだが)として挙げられるのが長回しの多用である。それはシーンをカット割りする事を禁止されているかのように徹底されている。長回しといっても色々とあるのだろうが、本作で多く用いられているのは比較的遠い場所にカメラを配置し、定点から演技を追う手法である。その結果、登場人物の表情がアップで映し出されるシーンは圧倒的に少ない。

俳優たちの演技は、どれも熱くて生々しい。しかし、それに反して、どこか冷めた印象が本作にはある。これは俳優の演技から発せられる登場人物の感情を適格に捉える為のカット、アップといった手法を用いていないからだろう。この手法が、はたして正解かどうかは私には分からない。但し、この手法によって生まれる奇妙なギャップが、独特な味になっている事は間違いないだろう。

本作は通常のアイドル映画ではない。アート、あるいはカルトと呼ぶに相応しい作品ではないかと思う。しかも、ハイセンスを気取ってアート風、カルト風を装ったニセ物ではない。濃厚過ぎる程の独自性を主張する、正真正銘なアートでありカルトである。なので、観る人を選ぶきらいがあるのかも知れない。しかし、解釈出来れば、病みつきになってしまう事だろう。

こういったタイプの作品で薬師丸の人気が確立されたのは、しかも、おおよそ正統派として確立されたのは、ちょっと意外である。もっとも人気の確立は本作だけが原因ではなかっただろう。それまでのキャリアも影響しただろうし、自らが歌った本作主題歌のヒットも影響しただろう。また、当時がアイドルブームだった事も関係しただろう。

ただ、薬師丸が十把一絡げのアイドルでないのは、本作を観れば実感出来るだろう。異色なコンセプトの一員となり、それを実現する為の体当たりな熱演は、明らかに他のアイドルとは一線を画している。そういった薬師丸の頑張りが自身の高い評価を勝ち取ったのだと思う。また、年齢を重ねるに連れて脇に回る事も多くなった薬師丸だが、そこでも独特に光る個性を発揮しているのは、本作をはじめとする若き日の土壌があったからだと感じる。

柄本明、酒井敏也、柳沢慎吾、光石研といった、後の名バイプレイヤーたちの若かりし頃の姿にも注目したい。

1982年に原田知世、2006年に長澤まさみ主演でテレビドラマ化されている。


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