自分勝手な映画批評
君よ憤怒の河を渉れ 君よ憤怒の河を渉れ
1976 日本 151分
監督/佐藤純彌
出演/高倉健 中野良子 原田芳雄 池部良 大滝秀治
10月10日の午後3時、新宿の歩行者天国で水沢恵子(伊佐山ひろ子)は「強盗犯人よ、見つけたの。」と巡回している警官に大声で訴え、警官を引き連れて走り出す。そして立ち止まり、電話中の杜丘(高倉健)を指さした。

男にはね、死に向かって飛ぶ事が必要な時もあるんだ

濡れ衣を着せられ、事件の容疑者となった検事が、真犯人を突き止めるべく奮闘する姿を描いたサスペンス。原作は西村寿行の小説。東映所属の俳優だった高倉健が東映退社後、初めて臨んだ作品でもある。

2014年の11月に突如として訪れた高倉の死は日本を深い悲しみに包ませたのだが、海を隔てた国、中国の人達をも落胆させた。中国の各メディアは高倉の死を一斉に報じたし、死を受けて、高倉の特集を組むメディアもあり、更には、外交部の報道官までもが定例記者会見で追悼のコメントを発表したのである。つまり、中国は国を挙げて高倉の死に傷心したと言っても良いような状況だったのだが、その理由は本作が中国で公開され、尚且つ、大ヒットし、高倉が中国の人達の心を掴んだからに他ならない。

本作は文化大革命後、最初に中国で公開された外国映画である。文化大革命が起こっていた約10年間、抑圧された生活を強いられていた中国の人達は、自国にはないエンターテインメント作品を大いに楽しんだという訳だ。それは、明治維新直後や太平洋戦争終戦直後の日本の状況と、どこか似ていると言えるのかも知れない。

作品内容も中国の人達の心の琴線に触れたようだ。文化大革命終結直後だけあって、主人公、杜丘の不幸な境遇に共感し、逆境に立ち向かう杜丘の強い信念、行動力に自らを重ねたと言う。そして、シンプルだが奥深く、硬派な演技をする高倉に魅了されたと言う。

本作は中国で社会現象を巻き起こし、本作を観た中国人は8億人にもなると言われている。本作の高倉に憧れ、本作の高倉の格好を真似する中国人男性も多くいたそうだ。中国の人達の心も虜にした高倉を私は日本人として誇らしく思うし、同時に、高倉の魅力を中国の人達が理解してくれた事を非常に嬉しく感じている。

10月10日、新宿で見知らぬ女性から強盗犯人だと言われた東京検察庁の検事、杜丘は女性に連れられて来た警官により交番に連行された。女性は杜丘が強盗犯だけではなく、強姦犯でもあると言うのだが、まったく身に覚えのない杜丘は身元は明かさず、警官に「署に行って話す。本庁の矢村警部を呼んでくれ。」と告げる。新宿署で矢村と対面する杜丘。矢村は杜丘と以前から面識があるので、すぐに自分の容疑が晴れると杜丘は思ったが、そうとは行かずに矢村は事情聴取を始めた。事件が起きた10月3日の夜、一人暮らしの自宅で寝ていた杜丘には第三者が証明するアリバイがない。その時、刑事が取調室に入室し、事情聴取は一旦中断。今度は同じ10月3日に発生した窃盗事件で自宅で窃盗被害に遭った被害者が連れて来られ、逃げる犯人を目撃している被害者による面通しが行われた。5人の男が並ぶ中、被害者の寺田俊明は「この男です。間違いありません。確かに、この男です。」と杜丘を指さした。翌日、杜丘の自宅を家宅捜査する事になり、杜丘も同行する。その家宅捜査で昨日、杜丘が自宅を出た時にはなかった寺田が盗まれたというカメラや新宿で杜丘を強盗、強姦犯だとした女性、水沢恵子が盗まれたという指輪と現金が発見された。

高倉は「幸福の黄色いハンカチ」や「あなたへ」といったロードムービーに主演しているが、逃亡劇である本作も、ある種のロードムービーだと言えよう。事件の真相究明というのが筋となり、尚且つ、多分にアクションを交えているので、スリリング、且つ、ダイナミックにストーリーは展開しており、見応えは十分。その上、社会的な問題を扱い、ラブロマンスも盛り込まれ、更には、高倉が体当たりの演技を披露しているので、とても贅沢なロードムービーとなっている。

様々なファクターを綿密に計算して配置し、ストーリーを構築しているというのが本作の特徴だと言えるのだが、その一方で率直に言って、いくつか描写のリアリティーに関して疑問に感じる点もある。ただ、その辺りは本作製作当時の状況、つまり、それ程、リアリティーを重視しなくて良かった時代、あるいはリアリティーの追求が難しかった時代の作品だという事を考えると大目に見るべきだと思う。

作品の感触は高倉のイメージと同様、硬派。その硬派な感触を、より一層強めている存在が杜丘と対峙する警視庁の警部、矢村を演じる原田芳雄だ。まるで匂いまで伝わってくるような原田の男臭い、ワイルドな存在感は強烈で、原田は9歳も年上の高倉、何より、天下の高倉を前にしても一歩も引けを取っておらず、対等に渡り合っている。改めて原田も凄い俳優なのだと思い知らされる。

ただ、9歳という年齢差に関しては、違った見解も持ち出せる。それは、高倉の若さだ。高倉は貫禄のある俳優であったが、他方、年齢を感じさせない、いつまでも若い俳優でもあった。

高倉同様、本作をきっかけに中国で人気を博した人物がもう一人おり、それはヒロイン真由美を演じた中野良子だ。国家主席だった胡錦濤が国家副主席時代に中野と面会し、とても感激したなんて話もあるとの事だ。愛らしさと強さを兼ね備えた一途な真由美を観れば、中野の中国での人気も十分にうなずける。


>>HOME
>>閉じる







★前田有一の超映画批評★

おすすめ映画情報-シネマメモ