自分勝手な映画批評
キラー・インサイド・ミー キラー・インサイド・ミー
2010 アメリカ 109分
監督/マイケル・ウィンターボトム
出演/ケイシー・アフレック ケイト・ハドソン ジェシカ・アルバ
保安官事務所で保安官のボブ(トム・バウアー)は、保安官助手のルー(ケイシー・アフレック)に売春していると告発されたジョイス・レイクランド(ジェシカ・アルバ)のところに行くようにとの指示を出した。「まずは警告にするのか」とルーがボブに訪ねると、ボブは「その場の判断に任せる」と答えるのだった。

たわ言はバカ相手に言え

原作はジム・トンプスンの小説。市民からの信頼が厚い保安官助手が堕ちて行く様を描いた作品。

無条件で個人の人格が保証される職業がある。その最たるは警察官や医者あたりではないかと思う。

だが本来なら、おかしな話である。人格の保証など容易く出来ないのは誰もが知っている筈なのに、不特定な一個人を職業を通じて保証してしまうのは不可解極まりない。ただ、そういった保証があるからこそ社会が成り立つのだろうし、保証が強ければ強いだけ社会が円熟している証しである事だろう。

もっとも、個人レベルでは保証が出来ないのかも知れない。特定の警察官や医者を信用出来ない事もあるだろう。





西テキサスの田舎町セントラルシティで保安官助手をしているルーは、町の人々からの人望がある好青年である。ある日ルーは、保安官より売春の容疑がある女性ジョイスのところに行くように指示される。ルーはジョイスに「夜までに町を出て行ってほしい、でなければ売春で逮捕する」と優しい口調で警告するのだが、ジョイスは逆上しルーに殴り掛かった。そこでルーの眠っていた感情が呼び起こされていまう。逆にジョイスに暴力を振るったのだ。ふと我に返るルー。しかしジョイスは、そんなルーを受け入れ2人はそのまま関係を持った。ルーには教師をしているエイミーという恋人がいるのだが、その日以来、ルーと町に残ったジョイスとの関係は続いた。関係が続くに連れ、ルーに夢中になったジョイスは一緒に町を出ようと言い出した。しかし、その気のないルーは、金がないのが心配だなどと適当な事を言って、はぐらかす。するとジョイスは、自分に入れ揚げている男から金を巻き上げると言い出した。その男はエルマー・コンウェイ。エルマーはルーの同級生であり、エルマーの父親チェスターは建設業で町を仕切る、誰も口出し出来ない大物だった。そんな親子を手玉に取ろうなんて無謀だ。だが、ルーには返したい古い借りがあった。





救いようがない、最悪な物語である。しかしながら、出来映えは非常に優秀な作品だと思う。物語から爽快感を得るのは難しいだろう。しかし、ストーリー構成、展開、演出、演技等の素晴らしさが相殺してくれるのではないかと思う。

物語の経緯には、しっかりとした根拠がある。犯行に至るプロセスは提示されている。しかし、それらは丁寧に解きほぐさなければ理解し難いだろう。冒頭で解き放たれた狂気なムードが、すべての根拠を覆い隠しているのである。

そのムードは、ひとえに主人公ルーのキャラクターが作り出したものだ。基本的に一人称で語られる物語なので、ルーのキャラクターに大きなウエートが掛かっているのだが、見事なまでに本作の独特な作品世界を構築している。

狂気なルーだが、熱くはない。かといって冷酷とも少し違う。至って涼しげなのである。そんなルーの心ここにあらず的な異様な姿勢は、ルーが通常の物差しでは計れない尺度を持った人物である事を実感させる。すなわち本作は常人では理解不能な感覚を柱とした物語なのである。

だが、理解可能な人たちも描かれている。ルーの周りの人間は、まともな人たちばかりである。そこで一般の感覚との同調が図られている。ルーと周囲とでは温度差がある。しかし、一見すると好青年なルーは、周囲と同類と考えられている。それを良い事に、ルーは狂気を増長させる。そして終いには隠しきれない程に膨らんで行く。

とてもじゃないが、ルーに共感も同情も出来ない。だが、狂気なルーと良心ある周囲を同居させる事により、人間の潜在的な恐怖を刺激する。自分の知らない自分、他人の知らない自分、そして自分で抑えきれない自分。そんな恐怖を呼び起こそうと、秘密の扉を静かだが確実に本作はノックし続けている。

登場人物が多いのは本作の特色である。そして、その多数の登場人物たちが皆、確固たる存在感を示しているのも本作の特色である。通常なら登場人物が多ければ、それぞれの出番は少なくなる筈。実際、本作の登場人物たちの出番も少ない筈である。にもかかわらず、それぞれが確実に印象を残しているのだから驚きである。

それは明確に異なる様々な個性を並べ、その個性を回りくどく説明するのではなく、適格に表現しているからだろう。しかも、そうする事によって多種多様、多数の人物を登場させても散漫にならず、物語の統一感は保たれている。このシナリオ、演出は実に見事。そして、それに答える俳優陣たちも見事である。

ケイシー・アフレックがルーを素晴らしく演じている。気弱な声色を武器にして、静かなサイコキラーに見事なまでに成り切っている。アフレックの巧みな演技があるからこそ、残忍な物語に引き込まれて行くのだと思う。

それぞれ違った場所から物語を照らしている対照的なヒロイン、ケイト・ハドソンとジェシカ・アルバの熱演も必見。トム・バウアー演じる優しき保安官ボブ、意味深な発言を繰り返すイライアス・コティーズ演じるジョーも印象に残る。


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