自分勝手な映画批評
空中庭園 空中庭園
2005 日本 114分
監督/豊田利晃
出演/小泉今日子 板尾創路 鈴木杏 広田雅裕 ソニン 大楠道代
隠し事をしない事をモットーとする京橋家の家族4人が囲む朝の食卓では、長女マナ(鈴木杏)の出生決定現場の話題で盛り上がっていた。

バレない嘘は嘘じゃないのよ

原作は角田光代の小説。見た目には体裁をなしているが、実体は崩壊している家族を描いた作品。

本作は所々で用いられる、ちょっとユニークなカメラワークが印象に残る作品である。このカメラワークの面白いところは、アーティスティックに彩る為の手法というよりも、本作のテーマへのアプローチングを象徴しているかのように感じる点である。

本作で描かれている家庭崩壊が、ショッキングでインパクトのあるテーマであるのは間違いないだろう。ただ、その事もあってか、多くの作品が取り上げてきた使い古されたテーマであるのも事実である。そして、このテーマの描き方には、ある種のパターンがあるのも事実であるだろう。

パターンがある事を悪く言うつもりはない。テーマの資質を考えれば、ある意味当然。それに、他のテーマでもテーマごとにパターンは存在している。ただ、本作は少しばかりそのパターンからはみ出しているように感じるのである。それは着眼点の違いが原因ではないかと思う。

郊外のマンションに住む父・母・娘・息子の4人家族の京橋家は「何事も包み隠さず、タブーを作らず、出来るだけすべての事を分かち合う」事がルールの家族。しかし、実際には皆がそれぞれに隠し事を抱える家族であった。そのルールを頑に守らせようとしているのは母・絵里子。しかし、絵里子自身も大きな隠し事を抱えていた。

人によっては異論があるだろうが、それを承知であえて主張すれば、家族とは運命共同体である。だがしかし、何もかも共有出来ている訳ではなく、すべての意思疎通が出来ている訳でもないだろう。

家族といえども構成しているのは各個人。なので考え方や価値観がそれぞれ違っていても当たり前。ただ、その違いが理由となり、家族がバラバラな方向へと進んでしまう可能性もある。家庭崩壊を描いた作品の多くは、そこをポイントにしている筈である。

しかし、一般的な人間関係において、考え方や価値観の違いは必ずしもマイナスではない。プラスに作用する場合も往々にしてある。それは家族であっても同じ事であるだろう。

本作は、無条件とも言える絶対的な繋がりはありつつも、一心同体ではない個人の集団であるのが家族であり、それ故に辛い事もあるのだが、逆に、それ故に助けられている事もあるのだと実感させられる作品ではないかと思う。

そう至らせるには個々のキャラクターが際立っていなければならない。つまり、本作の趣旨の具現化にはキャスティングが大きなウエートを占めているのである。その重責を俳優たちは見事に果たしていると言えるだろう。

小泉今日子、板尾創路、鈴木杏、広田雅裕が四者四様の個性を発揮し、時には感情を爆発させて京橋家を立体化する。更にはソニンや永作博美が外部から圧力を加えて作品を盛り上げる。

そんな中でも特に印象深いのは、絵里子の母・さと子を演じた大楠道代である。さと子は本作で大きなポイントとなる役柄なのだが、それを大楠は魔女のように怪しく、そして聖母のように懐深く演じている。脇役ではあるのだが、大楠の魅力が本作には存分に詰まっていると言えるだろう。

正誤の誤りがない事が大前提なのだが、信念がある事は良い事であるだろう。しかし、その事で自らの首を締め、生き方を窮屈にしてしまっている場合もあるだろう。自分を変える事は簡単ではないのかも知れない。だが、一歩立ち位置をずらしただけで、目の前の風景は違って見えるものなのかも知れない。そうしたら、少しは気が楽になるのかも知れない。

小泉今日子はトウキョウソナタでも問題のある家庭の主婦を演じている。そちらの作品も面白い。


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