自分勝手な映画批評
冒険者たち 冒険者たち
1967 フランス 112分
監督/ロベール・アンリコ
出演/アラン・ドロン リノ・ヴァンチュラ ジョアンナ・シムカス
レティシア(ジョアンナ・シムカス)は、クズ鉄屋を何軒も回ってクズ鉄を物色していた。

気分転換が必要だな、旅行がいい

それぞれに夢破れたの者たちが、新たに狙った一獲千金の顛末を描いた作品。

大ヒット曲を数多く有するバンド、ドリームズ・カム・トゥルーはデビュー時、男2人女1人の3人組だった。彼らがブレイクして国民的に名が知れ渡ると、彼らの形態を由来とし、世間の男2人女1人の事を「ドリカム状態」なんて言い表わすようになった。「ドリカム状態」という表現が現在でも通用するのか分からないのだが、本作では、まさに「ドリカム状態」な男女が描かれている。

クズ鉄を利用してオブジェを作るアーティストのレティシアは、クズ鉄屋を巡って作品の部材を集めていた。いつものようにクズ鉄を物色し、そこの主人の男に売って欲しいと頼んだところ、その男、ローランは、売り物ではないと言って売ろうとはしなかった。そこはクズ鉄屋ではなく、レーシングカーの最新鋭エンジンを開発しているローランの工場。その事を知らないレティシアは、売って欲しいとせがむのだが、急いで車で出掛けようとしていたローランは、ちゃんと説明しようとはしない。ただ、ローランは、レティシアの様子を気の毒に思い、車に同乗させて一緒に出発するのだった。到着したのは広大な草原。ローランは友人のパイロット、マヌーのアクロバット飛行の練習を手伝う為、アクロバット飛行の練習に必要な障害物を設置する為に草原に来たのだった。マヌーは飛行機で凱旋門をくぐり、その様子をフィルムに収めて映画会社に渡せば大金がもらえると聞き、その練習をしていた。

「冒険者たち」とは爽快感を覚える作品タイトルだ。内容も作品タイトルに偽りなく、実に爽やかである。それは、どこか児童文学のような佇まいにさえ感じてしまう程である。正直、若干ディティールの甘さを感じる面もあるのだが、その大らかさも冒険者たちの物語に相応しいと言えるだろう。

但し、爽快なのは物語の途中まで。折り返し地点を過ぎると一気に暗雲が立ち篭め、それまで降り注いでいた眩い光を突然遮断する。個人的には爽快な気分をこのまま味わっていたかった。だが、変調した事こそ本作の価値であるだろう。

変調以降を気ままな冒険の報いとするならば、あまりにも残酷だ。ただ、彼らは歴とした大人。リスクも、その責任も噛み締めて然るべき立場である。但し、彼らは無責任者ではない。彼らは夢のあとも、勇敢で誇り高き冒険者なのである。確かに物語は変調する。しかし、清々しい精神は頑として貫かれている。

アラン・ドロンとリノ・ヴァンチュラが巧みな演技を用いて、前後半で毛色の違う難しい物語に魂を吹き込む。特にヴァンチュラが素晴らしく、本作だけでも優れた演技者である事が実感出来るだろう。

後半のヴァンチュラの渋味ある演技は秀逸。ただ、それは前半とのコントラストが作動して強調されている。つまりヴァンチュラは、何喰わぬ素振りで前半でも手足れた演技を披露していたのである。ヴァンチュラの見事な仕事振りには、ただただ感服である。

本作のポイントのひとつとなり、強烈な印象を残すのは要塞島だ。この日本の軍艦島を彷佛とする不思議な島は、フランスのシャラント地方のラ・ロシェルという港町の沖合にあるフォール・ボワヤールという実在する島。何でも19世紀半ばにイギリス軍を迎え撃つ役目の為に完成させた島らしい。

本作を観てフォール・ボワヤールを訪ねようとした人はいるようだが、体験談等を見る限り、観光には解放していないようである。

当時のフランスは日本ブームだったのか? それとも、ある程度文化として根付いていたのか? 理由は分からないのだが、所々に日本的な描写があるのも面白い。


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